茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
「ゆっくり食べろ。別にオムライスは逃げないだろ。本当に食い意地張ってんなお前。そこは学生時代と変わってないな」

百子はムッとしたが、陽翔は大学時代には百子にだけ皮肉をよく言っていた奴だということをようやく思い出した。今までのあの優しさは百子が弱っていたからであって、通常運転に戻っただけだと思い直す。

「褒め言葉をどうも。東雲くんは相変わらず早食いね。対面で食事している相手に合わせるって発想が無いのもどうかと思うわよ」

何故か陽翔はここでふっと笑った。

「そこまで言えるなら元気だな。まだ色々と問題はあるだろうが、飯食ってる時くらいは忘れとけ」

(え……?)

百子は目をぱちくりさせた。学生時代の応酬をしていたつもりだったが、もしやこれも彼の気遣いなのだろうか。

(……いいえ、東雲くん(あいつ)に限ってそれはないわ。こっちが素のあいつなんだもの。いつも私にだけ意地悪だったし。他の女の子には無駄に人当たりのいい人を演じてた、とんでもない奴なんだもの)

一人で陽翔の態度を回想しながら、百子はオムライスを平らげた。スプーンを置いた音を待っていたかのようにスマホが震える。いつもの癖でスマホを鞄から取り出そうとした百子だったが、いつの間にか対面にいたはずの陽翔が隣に来ており、百子の手を掴んだ。

「今は見るな。見なくていい」

百子は口を開いたが、彼からの強い眼差しに気圧されたので、言葉はそこから出なかった。

「見るなら帰ってからだ。それと見るなら俺と二人で家にいる時にしろ」

「……なんで? メッセージアプリを見るとは限らないのに」

百子は眉根をぐっと寄せていたが、その瞳にちらつく悲しみを陽翔は見逃さなかった。

「お前は一人で何でも抱え込みそうだから言ってんだよ。さっきからちらちらと鞄を見てるのに何言ってんだ。一人で抱え込むな。俺も何かしら対策を一緒に考えるから」

百子は彼の双眸から目が離せなくなった。鞄を、正確に言うと鞄の中のスマホを気にしていたことは指摘されるまで気づかなかった。自分の行動を把握できていないのと、彼に無意識からの行動を見透かされたことにより、百子は酷く狼狽している。

「……ありがとう」

百子はスマホを開いてサイレントモードに切り替えてカバンに入れた。

「分かったのならいい。店が混んできたからもう出るか。茨城、ごちそうさま」

そう言った後、トイレに行くと呟いた陽翔は、早足でトイレに向かう。百子は伝票を持ってレジで会計を済ませ、陽翔と合流したが、家に帰るまでは一切スマホを見なかった。
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