茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
温めてきた絆
「暑……何とかならんのかこの気温は」

百子と二人で電車を降りると、車内での冷房に晒された肌が一気に解凍でもされたと錯覚する程の気温と、まとわりつくような湿気も相まって不快なことこの上ない。駅を出て空を見上げると、目に刺さらんばかりの太陽光線から思わず目を背けて下を向いた。しかしアスファルトやコンクリートに反射する光を見るのも億劫だ。そんなことを思っているといきなり自分の頭上に影が差した。

「東雲くん、これ使って」

百子が白を基調とした日傘を差し出したので陽翔はそれを受け取り、百子に日が当たらないように差す。陽翔の体の大半が日光を浴びており、百子は慌てた。

「東雲くん、それじゃ日傘の意味がないじゃない。今は東雲くんの方が暑いんだから自分だけに差したらいいじゃないの」

百子は陽翔の身なりを見て非難がましく告げたが、陽翔は首を振る。

「俺はいい。百子が熱中症になる方が嫌だし」

陽翔は紺色のスーツを身に纏い、それが太陽光を底なしに貪るためかなり暑いのだ。真夏日を通り越して猛暑日が3日前から続いているのに、全身を紺色に固め、さらにネクタイをきっちりと締めているのは愚の骨頂もいいところだが、今日ばかりは訳があった。

「大げさよ……確かにいきなり暑くなったばっかりだし備えるのは大事だけど、それは東雲くんにも言えることよ」

百子はそう口にしつつも彼の気遣いは嬉しく、口元に小さな笑みを浮かべる。陽翔は彼女の発言で思うところがあったのか、一度彼女に傘と持っていた紙袋を預けたと思ったらジャケットを脱いでたたみ、それを腕にかけた。

「これで少しはマシになる」

そう言って陽翔は百子の手から日傘を取り、彼女の腰を引き寄せて日傘で影を作る。少しだけ陽翔の肩がはみ出したが、百子はそのことを突っ込む気が失せてしまう。彼の気遣いを無下にしたくなかったのと、単純に彼に密着しているのが嬉しいからだ。

「ここを曲がって、それから真っ直ぐ15分ほど歩いたら着くよ」

百子は緑道を指差して、上ずった声を蝉の声に隠した。桜やらキンモクセイやらクチナシやらツツジやらが多く植えられているこの道は、クマゼミやらアブラゼミやらの大合唱で話し声が隠れてしまうほどやかましいからだ。ほとんど自分の声が聞こえていない状態ではあったが、陽翔はそれでも通じたらしい。彼は百子のしかめっ面を真似たような顔をして、彼と彼女は無言で赤いアスファルトを歩く。

「ひょっとしてあれが百子の実家か?」

「そうよ……本当に久しぶりだわ」

緑道を抜けると8ヶ月ぶりの実家のマンションが目に入る。入り口のオートロックを実家の鍵で開け、ちょうど1階で待機していたエレベーターに乗り込む。その間も陽翔が百子の腰に回した手を離さないので、暑さとは違う意味で心臓の鼓動が速くなった。
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