だから聖女はいなくなった

2.

◇◆◇◆◇◆◇◆

 キンバリーがラティアーナとの婚約を破棄してから一か月が経った。

 サディアスは小さく息を吐き、背筋をピンと伸ばして、金張りの執務室の叩き金を鳴らす。
 この執務室は、王太子キンバリーの執務室である。

 コンコンコンコン――

「兄上、サディアスです」

 重々しい扉越しに声をかけると、中から「入れ」と聞こえてきた。
 キンバリーの声に違いはないが、どこか力なく聞こえた。

「失礼します」

 扉を開けて一歩足を踏み入れる。もわんと淀んだ空気がサディアスを招き入れた。

 黒茶を基調とした室内はどことなく暗い。雰囲気が暗い。
 艶感溢れる銀鼠色の執務席の上には、たんまりと書類がある。向こう側にいるキンバリーの姿が見えないほどにまで、高く積み上げられている。

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