だから聖女はいなくなった
 わかっていたはずなのに、彼女から言葉を聞かないかぎりは信じないと思っていた。それでもこうやって言葉にされてしまっては、信じなければならないだろう。
 厳しい現実をつきつけられた気分である。

「キンバリー様は、お元気でいらっしゃいますか? アイニス様も……」

 そうやって二人を気にかけてもらえると、なぜか安心できる。忘れられてはいないのだな、と。

「兄は、元気ですが……。ラティアーナ様がいなくなられたことで、執務のほうが滞っておりました」
「そうですか。キンバリー様は、他人に頼ることをされない方なので。あの方に必要なのは、信頼できる部下でしょう」

 その通りである。キンバリーはなんでも一人でやる傾向が強い。そのため、彼の仕事がたまっていき、溢れてしまう。

「わかりました、兄に伝えておきます」

 サディアスの言葉に、彼女は以前と変わらぬ微笑みを浮かべる。

「それから、アイニス様は……。なんとか聖女の務めを果たしている感じです」
「大変でしょう? 聖女の務めは。アイニス様も、そうおっしゃっておりませんでしたか?」
「えぇと、まぁ。そうですね。神殿で竜のうろこを磨くのが大変だと」
「えぇ。あれはとても大変な作業です。昔から神殿で暮らしていればそういうものだとわかっているのですが、いきなりあれをやれと言われたら、誰だって嫌がるでしょうね。私でさえも、今になってそう思います。あれをやり遂げられるのは、神殿によって洗脳された人間か、強い意志を持つ者か……」

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