だから聖女はいなくなった
「周囲から、勝手に聖女ラティアーナという理想を作り上げられ、私はただそのように振舞っていただけです」

 その言葉に、息を呑む。
 その通りかもしれない。聖女ラティアーナは、済世の聖女であり、レオンクル王国を平和に導く存在。立ち居振る舞いもおしとやかで、奉仕作業にも精を出し、誰にも平等に接する。
 国を庇護する竜との意思疎通もでき、竜を世話する様子すら神々しいと言われていた。

 王太子キンバリーと婚約したことで、彼女の地位は確固たるものとなり、それすら当然とも言われるような雰囲気ができあがっていたのだ。

 それでもキンバリーは、聖女ラティアーナに救われていた部分はあった。彼女が執務を手伝ってくれた、公式の催し物では隣に寄り添ってくれた。
 少なくともキンバリーは、聖女ラティアーナに惹かれていた。あのすれ違いが起こるまでは。

「兄は……ラティアーナ様のお身体を心配しておりました。神殿の食事は、孤児院のものよりも貧しいものであった」
「そうですね。キンバリー様には、何度も聞かれましたから。あのときの私は、生きるのをあきらめたような、そんな感じでした。食事をとらなければ死ねるのではないかと、そう思ったこともあります」

 彼女がそこまで思いつめていたことを、サディアスは知らない。

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