だから聖女はいなくなった
だから彼女から奪った

1.

 アイニス・ウィンガはウィンガ侯爵家の養女である。

 もとは、デイリー男爵の娘であった。そのデイリー男爵も男爵位を授かったのはここ数年で、その前は商売人であった。
 商売を成功させ、一代で財を築き上げ、その結果、男爵位を授かったのだ。このように結果を出した者には爵位を与えるのが、レオンクル王国の方針ともいえよう。

 デイリー商会は王都で暮らす人たちを相手に、雑多なものを扱っている商会である。それが隣国の貴族と繋がりを持ったことから、安くて質のよい衣類を扱い始めた。
 そうすると上流階級の人間たちは、こぞってこの商会で服を仕立て、その出来栄えに満足した者は口々に自慢を並べ、その自慢からデイリー商会のよさが広まっていく。
 人のうわさとは、いい意味でも悪い意味でも恐ろしいものだ。
 その真偽すら確認せずに、鵜呑みにする。そういった者たちが、デイリー商会と取引を始める。

 王都一の商会となるまでも、大した時間を要さなかった。
 デイリー商会と取引のある針子や製糸業者など、さまざまな人の生活が潤った。国への経済効果を高めた点が評価され、デイリー商会の会長は男爵位を授かったのだ。

 そのとき、娘のアイニスは十歳であった。また彼女には十歳年上の兄――イーモンもおり、デイリー商会がここまで大きくなったのは彼の活躍があったともされている。

 こううまくいくと、人間とは次の欲が出てくるもの。

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