だから聖女はいなくなった

3.

「ラティアーナ様は……私の前ではけして弱音を口にはしませんでしたわ。ですから、本当に聖女になるということが、これほど大変なことであると、わからなかったのです」

 きっとアイニスはサディアスに話を聞いてもらいたいのだろう。いや、サディアスではなく誰かにだ。

「そうですか……。あまり、気の利いた言葉は言えませんが、アイニス様がそうやって言葉にするだけで気持ちが晴れるのであればお聞きしますよ?」

 その言葉に、ぱっと彼女の顔が子どものように輝き出す。やはり、話し相手を求めていたにちがいない。むしろ、愚痴を言う相手だろうか。

「サディアス様は、お優しいのですね」

 彼女は少しだけ微笑みながら、首を傾げた。それでもその目尻からは、涙が零れ落ちそうにも見える。

「兄が心配しているのです。兄に言ってはならないことがあれば、きちんと教えてください。そうでなければ、つい僕も兄に言いそうになってしまう。なによりも、兄があなたのことを心配しているので」
「キンバリー様に言ってはならないことなんてありません。包み隠さず、お伝えしてもらって問題ありません……。キンバリー様もお忙しい方だから、私のことなどお忘れかと思っていたのですが……」

 彼女は右手の人さし指で目元を拭った。
 キンバリーはアイニスを忘れてなどいない。張りぼての令嬢と悪態をつきながらも、張りぼてから本物になろうと努力している点は評価していた。それでもまだ、彼の心の中にはラティアーナがいるだけ。

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