だから聖女はいなくなった
 それを考えると、目の前のアイニスが哀れに見える。いっときだけキンバリーに利用され、利用された挙句「張りぼて」と呼ばれる。
 聖女でありながらも、聖女の役目すらうまくこなせていない。能力と役柄が合っていないような、そのようにも見える。
 となればやはり「張りぼて」なのだろう。

「私の実家がデイリー商会であることは、サディアス様もご存知でしょう?」
 泣きそうだった顔は、口元に微笑みをたたえている。

「えぇ。デイリー商会が仕立てるドレスは、質がよいと評判ですから」

 その言葉に、アイニスは苦しそうに眉をひそめた。

 デイリー商会のドレスは、社交界でも貴婦人たちの話題にあがる。デザインが画期的でありながらも、身に纏う者の魅力を最大限に引き出す。
 質の割には価格も思ったほどではない。
 そんな噂で持ち切りだった。だから彼女たちは、次から次へと競い合うかのようにして新しいドレスを仕立てるようになる。

「そうですね。父と兄がそちらの事業に力を入れて……今のデイリー商会があるのです」
「ですが、一時期は他の商会からも反発があったとお聞きしております。それを乗り越えて今の形になさったと」
「えぇ……よくも悪くも目立てば、他からはいろいろと言われますから」

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