だから聖女はいなくなった
 彼女はラティアーナと名乗った。翡翠色の瞳がはかなげに揺れていたのを今でも覚えている。
 その目を見た瞬間、彼女を守りたいという気持ちが全身を駆け抜けた。なぜか庇護欲に掻き立てられたのだ。そう思わせるような何かが、彼女にあった。

 彼女が王城を訪れたのは、キンバリーと婚約するためである。
 当時十八歳ですでに立太子していたキンバリーと済世の聖女の婚約は、国民に希望をもたらした。

 だがキンバリーは、聖女であり婚約者であるラティアーナには不満をもっていたようだ。周囲にサディアスしかいないときに、ボソリと口にする。

 ――身体が貧相だ。

 サディアスは彼が言わんとしていることを即座に理解した。
 ラティアーナは線の細い女性である。キンバリーの一つ年下であるとは聞いていたが、年齢のよりには身体が成長していないようにも見えた。
 それでもサディアスにとっては、彼女は美しく尊い存在である。彼女の美しさは、内面から滲み出てくるものなのだ。彼女の心がそうさせている。

 残念ながらキンバリーは、その魅力に気づいていない。
 そんな彼を愚かだと思いならも憐れんだ。だが、気づかぬことに安堵もした。
 ラティアーナの魅力は、自分さえ知っていればいいという優越感によるものかもしれない。

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