だから聖女はいなくなった
 だが、その竜が突如として目覚めた。
 永き眠りから竜が解放されたとなれば、竜の世話人として聖女を決めなければならない。

 聖女は、貴族の娘だろうが、孤児であろうが、竜が気に入った娘であれば誰でもよい。年齢も、特に決まっていない。それでも選ばれるのは十代後半から二十代前半の女性が多かった。

 それは、竜のうろこを磨くという重労働も関係しているのだろう。それに耐えられるだけの体力が必要だ。

 十数年ぶりに目覚めた竜は、いきなり「ミレイナの娘を連れてこい」と言った。
 そうやって竜が一人の女性を指名するのも、異例中の異例である。今まで聞いたことがないし、文献にも記載されていない。
 いつもであれば、神官が聖女に相応しい女性を選び、その女性を竜に引き合わせ、その中から竜が選んでいた。竜がどのような基準で、複数いる聖女候補から一人に絞るのかはわからない。

 また、ミレイナとは先代の聖女の名である。その聖女に娘がいたなど、神官たちは知らなかった。

《あれの記憶が流れてくるからな……。我に隠れて穢され、子を産み落としていた》

 竜が寝そべりながら、神官たちに命じる。

《一か月以内に娘を連れてこなければ、この国がどうなるか。賢いお前たちならわかっているのだろう? 我のうろこは徐々に汚れ始める。お前たちの憎悪が、我のうろこを穢すのだよ》

 腹の底に響くような声。ずっと聞き続けていると、頭が痛くなるような声。

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