私の幼なじみは超絶カワイイ天使ちゃん・・・だったはずなのに!?
帰国した幼なじみ。
◇
ある日。家に帰ったら、両親から大切な話があると聞いてリビングへやってきた。
珍しく真剣な表情をしている両親に、私は不思議そうに首を傾げる。
するとどうだろう。最初に口を開いたのは、こういう話のノリが苦手な父だった。
「春音は小学校の頃まで近所にいた伊織くんのことを覚えてるか?」
「うん、イオちゃんのことでしょ?どうかしたの?」
「……今朝、海外から帰国したそうだ。」
苦虫を噛み潰したような表情でそんなことを言う父に、本当に何なのかと母に向き直る。
そうすれば、母は困ったように笑って、そのあと決心が付いたように真面目な顔で言い放った。
「昔、春音が18歳になっても恋人がいなかった場合、伊織くんが婚約者にするって約束したでしょう?」
「え。」
「そしたら春音の18歳の誕生日に伊織くんから電話がかかってきたの。」
そんなの聞いてないし覚えてない、という驚きの表情を浮かべながらも、母は話を続ける。
18歳の誕生日というと、確か仲の良い友達と一緒にパジャマパーティーをしたりして遊んだ記憶が新しい。
とはいえ、誕生日に母に電話をしたなら、私におめでとうの一言くらいくれても良かったのに……なんて考えたりして、首をブンブン横に振る。
『千秋さんですか?夜分遅くにすみません。ハルちゃんのことなんですが___』
「…なーんて、すごく声がイケボだったのよ!!」
回想に入り浸ってしまった母に、私はイケボのイオちゃんなんて想像が出来なくて首を捻る。
私が知っている幼なじみのイオちゃんは、幼稚園の誰よりも小さくて、守ってあげたくなる存在で、何よりもかわいかった。
それがどうしてイケボになるのか理解が出来なくて、うーん……と唸る。
そんな、さっきとは打って変わって真剣な様子ではなくなってしまった両親に元に、家のインターホンがピーンポーンと鳴る。
何故だか心臓がドキドキとしてしまうのは、そのインターホンを押した人物が両親の反応で誰か分かってしまったからだろうか。
「はーい、鍵は開いているから入っていいわよー!」
そしたらどうだろう。
確かに爽やかで甘ったるくもある声が聞こえてきて、ごくりと息を呑んだ。
リビングのドアを開けた数年ぶりの幼なじみは、見違えるほどカッコよくなっていて、けれども確かに昔の面影もあって、私はこの目の前にいる彼がイオちゃんだということを認めざるを得なかった。
「!!……やっと、会えたね。俺のフィアンセ。」
「ふぃ、あんせ……?」
するりと私の髪の毛に触れて口付けをする目の前の彼に理解が出来ず、ぐるぐると目が回ってしまう。
留学していたせいで距離感がバグってしまったのだろうか。
そうしてそのまま倒れそうになったところで、彼は身体を支えてくれた。
「おっと。危ない危ない、大丈夫?」
「だいじょう、ぶ……」
すらりとしている割には結構筋肉ががっしりあって、何よりも身長差が改めて見ると凄かった。
「昔は私の方が背が高かったのに……」なんて呟けば、彼は驚いたあとくすりと微笑む。
「そりゃ、俺だって男だからね。ハルちゃんよりも大きくならないと、好きな人を守れないでしょ?」
「本当にイオちゃん……?ほんとに、ほんとうに?」
「まあ、数年ぶりだからね。驚くのも無理はないと思うけど……そうだな、秘密の言い合いっこでもする?」
なんて、少し茶化して言う彼の性格には、イオちゃんのイの字もないくらい見違えていて、軽く微笑むだけでもすごくカッコよくなっていた。
しかし、突然そこにずいっと私たちの目の前に割って入ってくる父。
母に頭をチョップされ気絶するも、大きな寝言で「娘が欲しければ俺を認めさせてからにしろー!」なんて言うものだから、二人してくすりと笑ってしまった。
そうだった、この人はそう言う父親だった、なんて小学校ぶりの幼なじみとの再会に父の登場によって気が楽になったのは内緒だ。
「ちなみに……俺の知ってるハルちゃんの秘密は、腰の根元にハート型の黒子があること。」
「なっ……へ、変態っ!!」
「だって仕方ないでしょ?俺が知ってるハルちゃんは小学校までなんだから、まさかこんなに可愛くなってるなんて思ってもなくて驚いたよ。」
「わ、私だって……あんなにかわいかったイオちゃんが、こんなになってるなんて思わなかったよ……」
俯きながらそう言えば、目の前のイオちゃんは不思議そうに目を丸くさせた。
まるでその反応は予想外とでも言うように、さっきの余裕さから一変、彼の内心は破茶滅茶だった。
しかしそれに気付かない私は、突然黙ってしまったイオちゃんの事を真面に正面から見ることが出来ない。
沈黙が数十秒続く中、先にそれを破ったのは他でもないイオちゃんで、突然ソファに手を引いて座らされた。
「い、いおちゃん……?」
「ハルちゃんはこんな俺は好きじゃない?俺は好きだよ。ハルちゃんのこと、誰よりも何よりも好き。」
「す、き……」
「うん、好き。ハルちゃんのことが大好き。俺の気持ち、伝わらない?」
伝わって、いる。それは何よりも私が理解していて、心臓がバクバクするほど高鳴っていて、正直嬉しかった。
しかしそれとこれとは別に、婚約者の話はどういうことなのかと問いただしたい。
「伝わってるよ。私もイオちゃんのことは昔から大好きだった。」
「!!……ほんと?」
「でも、婚約の件はごめんね。流石に18歳になったばかりで、高校もあるのに小学校ぶりの幼なじみと結婚は……」
無理。そう言いかけた途端、ソファに横並びで座っていた私に突然抱きついて来た。
状況が理解出来なくて困惑するも、か細く聞こえてきたその声は、思わず耳が溶けそうになるほど甘ったるかった。
「今は無理でも、大丈夫だよ。確かに……そうだよね、突然小学校ぶりの幼なじみが家に来たら誰だって驚くし、警戒するよね。」
「……うん。」
「でも、勘違いはしないで。俺はハルちゃんを手放したりはしないから。誰にもあげるつもりはない。」
最後の言葉だけ声のトーンが低く、その本気度が伺えて少しだけビクッと肩を揺らす。
それに気が付いたのかハッとしたイオちゃんは抱きついた私の頭を撫でて、「驚かしてごめんね。」なんて優しい声で言ってくる。
そうして改めて、小学校のイオちゃんと彼とは別人のようになってしまったんだなぁ……と思い馳せたのだった。
「ううん、こっちこそごめんね。まだ結婚とかは無理だけど、恋人なら考えてもいいよ。」
「そうだね……じゃあ、とりあえず恋人から始めようか。」
そう言って優しく微笑む彼は、暖かかった。
窓を見るといつのまにか日が沈みそうになっていて、夕焼けが綺麗に空を照らす。
今日はとりあえずここまで、ということでお見送りをしようと玄関へ向かえば、両親が階段の裏で盗み聞きしていることに気付く。
放っておけばいいか、なんて思っていれば、イオちゃんも気付いていたのか両親にお礼を言った。
「千秋さん、夏哉さん、今日はありがとうございました。……じゃあ、ハルちゃんもまた明日。」
「明日も来るつもり……?」
「来てもいいなら行くけど、明日から俺はハルちゃんの高校に転校だからね。」
唐突な爆弾発言に驚き、私は目をパチクリと瞬きしていた。
そしてある心配事が頭に浮かぶ。
なにせ、目の前のイオちゃんは幼稚園の頃から蝶よ花よと育てられた家の御曹司なのだ。
そんな彼が比較的一般の高校に転校するなんて信じられなくて、一体どんな手を使ったのだろうかと疑心暗鬼していれば、なんとでもないようにイオちゃんは言い放った。
「ああ、安心して。一応海外で、飛び級して大卒までは取ってあるから、日本での高校生活楽しみなんだ。」
なんてはにかむ彼は、その顔面美さゆえに確かにイオちゃんなのだろう。
何を言っているのかなんてちんぷんかんぷんで理解出来なかったが、それでも一つだけ分かったことがある。
イオちゃんは本当に私のことが好きで、私のために同じ高校に転校することにしてくれたのだと。
その事実だけで胸がキューンと締め付けられて、イオちゃんが私が好きなところは昔から変わらないなあ、なんて思ったりした。
それに関しては私も同じだが。
改めてお見送りをしようと外に出れば、イオちゃんはにっこり笑顔でこちらに微笑んだ。
「今は難しくても、絶対にハルちゃんを俺のものにするから……覚悟、しててね。」
その微笑みは確かに昔の天使のようで、けれども妖艶さや甘ったるさもあって、心臓がドキドキしてしまう。
彼が数十歩歩いたところで手を振って玄関に戻った私は、バクバクと高鳴る心臓のまま玄関のドアにもたれかかった。
「なんなのあれ……好きになっちゃうじゃん。」
なんて、人生初めての恋愛感情に戸惑いつつも、明日からの高校生活を想像して項垂れたのだった。
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