私の幼なじみは超絶カワイイ天使ちゃん・・・だったはずなのに!?









あのあと私は、スペースキャットのような状態になって、わけも分からずそのままマンションの部屋を出た。


どうしてイオちゃんの部屋に女の人が、それもあんなバスタオル一枚の美少女がいたのかだとか、そもそも合鍵を渡せるほどの仲のいい女の人がいたことにひどく傷ついて、涙ながらにエレベーターに乗った。


するとどうだろう、4階に着いてまさかのイオちゃんと鉢合わせしてしまって、大きく目を見開いて驚きつつも、逃げるように走り去る。


イオちゃんは大きな宅配の荷物を持っていたから突然のことに動揺して、その最中に私は逃げ出す。



そうして外へ出ると、いつのまにか雨がザーザーと降っていて、傘のない私はマンションとイオちゃんから逃げるように走り出す。


幸い、スマホと家に帰る分のお金が入ってる財布は持っていたから、東京駅に着いたらさっさと帰ろう、なんて思いながらマンションをあとにした。


走りながら考えるのは、どうして女の人がいるのを知っていたのに、イオちゃんは私をマンションへ呼んだのか。


イオちゃんが昔からかわいくて、男にも女にも好かれていたのは知っていた。


だからと言って合鍵を渡すほど仲のいい女の人とイオちゃんがいると、なんだかすごくモヤモヤしてしまって、泣きそうになる。



「ぅ、わっ!」



雨の中走っていたからだろうか。


おぼつかない足が水たまりに入って、そのままバランスが悪く滑って転んでしまった。


しかし意地汚く起き上がった私は、周囲の人の心配そうな視線を向けられながらも立ち上がって今度はゆっくり歩き出す。


そうしてフラフラゆっくり歩きながら、駅へと向かおうと足を進めれば、今度は車が水たまりに入ってびっしょり濡れてしまった。


なんかもう……惨めで滑稽で、なによりも悲しくて、人気のいない路地裏に行ってしゃがみ込んでは涙を流していた。



「ばか。イオちゃんのバカ……!」



5分、いや10分経ったころだろうか。


涙を流しても流しても溢れ出てくる目元の水を拭ったのは、ほかでもないイオちゃんで、見上げてみると困ったようにされども辛そうに笑っていた。



「よ、かった……ほんとに、よかった。ハルちゃんがまたいなくなったらって思うと、俺……」



そんなことを言いながら悲痛そうな表情をするイオちゃんに、まるで私が悪いことをした気分になってなぜかひどく傷ついた。


そして、なんで私が今泣いている原因であるイオちゃんが目の前にいてホッとしているのだろう、と思ったのは、それだけイオちゃんが好きで仕方なかったからにほかない。


それこそ、数年経って家にやってきた時も見違えるほどイケメンになっていたのにイオちゃんだと即座に理解できたのは、例え母と父がの様子を見なくても、少しは混乱するかもしれないとはいえ、同じだっただろうと思う。



「イオ、ちゃん……」



か細い声で、呼んでみた。



「そんな顔、しないで。まるで……私が、悪いことをしたみたいになっちゃう。」



ひっくひっくと泣きながら呼吸に合わせて言葉を紡ぐ私の声音は、出来るだけ落ち着いた様子で……けれども悲しくて涙はまだ溢れていた。


そんな私を包み込むように抱きしめるイオちゃんは、甘く優しい声音で、しかし咎めるように言葉を発する。



「ハルちゃん。なんで、俺から逃げたの?」

「……イオちゃんこそ、どうして家に女の人連れていたの?」



その返答にはイオちゃんも驚いたらしい。


でもイオちゃんがどうして女の人がいることを知らなかったのかは少し疑問で、知っているからこそ私に会わせたかったのではと思った私は自分自身に疑心感が募る。


そうしてイオちゃんは、私が言った言葉にまさか……という表情をしてスマホを取りだし、誰かに連絡を取っていた。


それでもなお抱きしめるのを離さないイオちゃんは、本当に心配してくれたのだろう。


かすかにイオちゃん自身が震えていることが理解出来て、それは雨の中走って私を探しにきてくれたせいなのだろうと思うと、なんだか本当に申しわけなくて、連絡が終わったイオちゃんは深いため息をついたあと、改めて私を抱きしめた。



「俺は、ハルちゃんが大好きだよ。この言葉に嘘偽りはない。」

「………うん。」

「不安にさせちゃったならごめんね。さっきは妹が勝手に俺の部屋に入っていたみたい。」

「いもうと、さん……?」



イオちゃんに妹なんていたっけ、と過去の記憶を整理してみても、そんな記憶は覚えてなくて、どういうことだろうかと首を傾げる。


するとイオちゃんはスマホに入っている写真を私に見せてきた。


そこには幼いころの私、イオちゃん、そして弟くんがいて……と、考えたところではたと気づく。


もしかしてその弟くんって、さっきの……?



「想像している通りで合ってるよ。うちは大きい企業だから、子供だというだけで誘拐に狙われやすくてね。せめて外見だけでも狙われにくくするように、とお父様からの提案だったんだ。」

「じゃ、じゃあ。私の盛大な勘違いだった、って……こと?」

「まぁね。でも勘違いするのも無理はない。俺だってハルちゃんの家に男の人がいたら、気が動転する。」

「っふふ、父さんでも?」



軽くおちょくるようにそう聞いてみれば、イオちゃんは優しく微笑むだけだった。


その笑みの意図は完全には読み取れなくて、「まさかイオちゃんは、私の実の父にまで嫉妬をしちゃうの?」と聞けば、考えるように俯いたあと、これまたぎゅっと抱きしめる。



「ハルちゃん。俺は、ハルちゃんがいなかったこの数年間、ハルちゃんと関わってきた人たちに嫉妬しなかったことはなかったよ。」

「………っ、え。」

「それに俺がいない間、ハルちゃんが恋人を作っていて、約束がなくなってしまうのが何よりも怖かった。」



そうして一旦離れてくれたイオちゃんの表情は、なんと言えばいいのか、嬉しそうでありながら悲しそうで、穏やかなのに辛く見えて、私はそんな質問をした私自身がバカだったと思い、謝る。



「ごめん、ごめんね、イオちゃん。まさかそんなに思ってくれてるなんて思わなく、」



て、と言葉を繋げようとしたその時。



「春音。」



凛とした声が、その場を制した。


そんな呼び方でイオちゃんに呼ばれたのはおそらく初めてで、なによりも絶対的な雰囲気に、息を呑む。



「俺は、伊織だよ。」

「っあ……う、ん。」



今のイオちゃん……伊織はきっと本気モードなのだと悟って、その瞳に射たれるだけで力が抜けた私は、伊織の話を聞くしかなかった。


心の底から愛おしそうに、それはまるで私を愛してると身体で表現する伊織に、すごく恥ずかしくなって、視線を下に俯かせる。


水も滴るいい男、なんてよく言ったものだが、ふと上を向いた私が見た伊織は確かに雨で濡れていて、とてもじゃないが色気があり、ただの水ですら伊織を妖艶にする。



「春音、俺は誰よりも春音を想ってるって自負してる。それこそ、千秋さんや夏哉さん以上に。」



その声は普段よりも甘ったるく、艶やかな雰囲気を帯びており、それは私が息をするのを忘れそうになるほどだった。



「そして多分、俺の方が春音よりも相手を想ってる。」

「そんな、こと……」

「でも春音が俺のことが好きなのは伝わってるから安心して。ただ、俺の好きを疑われるのはちょっと……いやかなり、辛い。」



そこで私は、はたと気づいた。


伊織の好きを疑った時点で、私は絶対的に伊織より相手を想っていないということになると。


なにせ、伊織ことイオちゃんは、昔からかわいくて優しくてみんなから愛される子だった。


そのことを知っててもなお、伊織の家に女の人がバスタオル一枚でいた事実が衝撃的で、逃げ出してしまったのは否めない。


もっとよく考えれば、もっとよく考えて行動すれば、そもそもイオちゃんに一言くらい連絡を入れれば……と脳内で思考がぐるぐる回って、がんじがらめになる。


そう、そんな時だった。


私の脳内意識をすべて掻っ攫うように唇を奪った伊織は、私の口の中を蹂躙して、たった数十秒間で腰が抜けた。



「俺が話しているのに、よそ見しないでよ。」

「ッ、!!」



ファーストキスをディープで伊織に奪われた私は、顔がトマトのように真っ赤になりながらも理解した。


きっと伊織は、私が想っている想像以上に私のことを想ってくれていたのだろうと。


でなければ、フォンダン・オ・ショコラだってわざわざシェフに教えてもらわないし、ショッピングでの御曹司ムーブだって、雨の中必死に私を探してくれたりしない。


俯きながら、私は伊織に対して謝った。



「ごめん、ごめんね。伊織。愛とか恋とか好きだとかまだ分からなくて、私が未熟なばかりに迷惑かけちゃって……」

「春音……いや、ハルちゃん。」



じっと私を見つめる伊織に私は視線を逸らしたくなるも、なるべく逸らさないよう努力して、目の前の伊織の話を聞く。


すると伊織は、突然の爆弾を投下したのだった。



「……うん、そうだね。結婚はまだ早いから、同居しよっか。」



同居という言葉に耳を疑ったが、「そうと決まれば家探しだね。」なんて意気揚々とスマホで物件を探す伊織に、私はちょっと待ってとタンマをかけた。



「一応聞くけど、なんで同居する流れになったの……?」

「ハルちゃんが俺のことを全然分かってない上、愛も恋も好きも分からない鈍感さんだから、この際俺が実感させてあげようかなって。」

「す、好きは分かるよ……?」

「愛は?恋の定義は?」

「うっ……」



そう言われると言い返せない私に、イオちゃんは優しく笑った。


その瞳は、それこそ私を愛しているような雰囲気が感じ取れて、思わずドキッとしてしまったのは内緒。


それにしても、私と同居するとして仕事とかはどうするんだろうかとか、迷惑をかけてしまわないか心配で、狼狽えるも、イオちゃんの優しい表情ですべてが吹き飛んだ。


なんというか、イオちゃんがいるだけで自然と元気が出るような、心がポカポカするこの感情。



「よし、物件は決まったから、早速明日から引っ越しの準備をしよう。」

「あ、明日から!?」

「善は急げって言うでしょ?今日は俺の部屋でぱっとシャワー浴びてさっさと寝よう。」

「俺の部屋って……」

「迷惑かけた自覚があるなら、今日一日は俺の抱き枕になってよ。」



「ね、お願い?」なんて言うイオちゃんのその表情には、多分誰も敵わない。


私は仕方なく了承して、二人でずぶ濡れになりながらマンションに戻ったのだった。



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