敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 たしかに前社長の妻の顔まで役員でもなければ知ってはいないだろう。

 橋本さんは美奈子さんに詰め寄るように言い捨てる。

「お母さま、残念ながらここは娘さんの来るところじゃないですよ。彼女、どう話しているか知りませんけれど契約社員ですし」

「ですから?」

 まったく動揺を見せない美奈子さんに逆に橋本さんが怯んだ。私がフォローしようとするのを美奈子さんが制し、彼女は橋本さんを真っすぐ見つめる。

「あなたこそ人のことを言う前に、自分の無知を恥じたらどうなの? あの資料、ご自身が作ったものじゃないんでしょ? ウィンター社ではなくヴィンター社よ。何回も取引先の名前をこんな場で堂々と間違えるなんて、信用問題にも関わるわ」

「なっ」

 美奈子さんの指摘に橋本さんの顔が真っ赤になる。聞こえていた周りの人もじろじろと彼女に視線を送っていた。

「正社員や契約社員。それがどうしたの? 会社のためなら未希さんの方がよっぽど詳しくて振る舞いも素晴らしいわ」

「未希」

 低い耳慣れた声に反応する。美奈子さんの言葉を遮るようにして現れたのは隼人さんだった。タキシードを着こなし、前髪もワックスで上げているのでいつもにも増して目を引く。

 彼の登場に驚いたのは私だけではなく、橋本さんと木下さんもだった。

「どうしてここに? そもそもどういう状況なんだ、これは」

 尋ねられたもののすぐに答えられない。
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