愛の充電器がほしい

第20話

スーツのまま
テーブルに
身を任せて
眠っていた。

チューハイの空き缶が
置いてある。

お風呂に入る気持ちも無かった。

誕生日当日の夜は
寂しくて
お酒とつまみを食べながら
ソファがあるのに
ラグマットにぺたんと座って
いつの間にか
泣きながら
テーブルを枕に
寝落ちしていた。


お祝いされたはずの
レストランのメニューなんて
覚えてない。


いろんなことがありすぎて
体と心が落ち着かなかった。


会社では倒産するって話だし、
拓海は別れたはずなのに
別れたくないと言われるし
さらに
女の影もある。

颯太は、まさかの既婚者である
ことのカミングアウト。

薄々、勘づいていたが、
現実を知ると
不安になった。

実際、
結婚してる人に手を出したのだ。

相手の奥さんに
恨まれて殺されたりしないだろうか
慰謝料請求されたりも
可能性はゼロではない。


颯太はリスクがあるから
やめておけと
言っておきながら
何回も会っていたし、
半同棲もしていた。


颯太の行動と言動が伴ってない。


颯太の子どもである紬は
美羽を見て大層喜んでいた。


どうして
あんなに知らない女性を見て
喜ぶのだろうと
疑問でしか無かった。



一喜一憂をしては
眠気が残ってる体を
ベッドまで移動させた。


スマホを見ると
今更かと思いながら
颯太から
メッセージが届いていた。


スタンプ文字で
『誕生日おめでとう』と
にこにこしている
パンダのキャラクターと
一緒に
表示された。


美羽は、
もっと早くに見たかったなと
思いながら


期待半分、不安半分で
眠りについた。







◇◇◇






よく晴れて、雲ひとつない空の下、
小さな女の子と小さな男の子が
公園の砂場でおままごとをしていた。


「そうちゃん!
 そこは洗面所、ここはお風呂ですよ。」


「え。あ、そうだっけ。
 ごめんなさい。
 そしたら、最初からやり直しだね。
 玄関から入って…
 ただいま〜。」


「おかえり。そうちゃん。
 手洗ってきてね。
 今からご飯出すから。」

 女の子は、砂場セットのお皿に
 おだんごを作ってはどんどん乗せていく。
 

「はーい。
 えっと、滑り台が洗面所だったかな。
 バシャバシャー。」

 滑り台の横を蛇口に例えて
 手を洗う素振りをした。

「そうちゃん!
 手洗った?
 準備できたよー。」

 女の子は、
 次々とお皿におかずを乗せては
 おもちゃのスプーンとフォークを並べた。

「できたよー。
 ご飯食べて良いの?」


「どうぞ、召し上がれ。」


「はーい。いただきまーす。」

 手を合わせて、そうちゃんは、
 丁寧に挨拶しては、
 スプーンとフォークで
 食べる素振りをした。

 すると、ベンチで座っていた
 そうちゃんのママが手を振って
 呼んでいる。


「颯太! 
 そろそろ暗くなってきたから帰るよ〜。
 ごめんね、みーちゃんママ。
 話聞いてくれてありがとう。
 またよろしくね。」


「ううん。こっちこそ。
 良いの良いの。
 逆にこちらが年下なのに、
 お姉さんぶって対応してごめんね。
 あとで、言っておくから。」


「良いんだよ。
 そこが、
 みーちゃんの良いところでしょ。
 しっかりしてて、将来が楽しみね。」


「3歳なのに、生意気なのよ。
 全く、誰に似たんだか。
 お姉ちゃんもいるのに
 妹の方がお姉さんぶってて
 困ってるの。
 だって、颯太くんは5歳でしょ?」


「そうだよ。
 今月の誕生日来たらかな。
 3月生まれだから
 気弱でさ、ひとりっ子だし。
 しっかりしたみーちゃんが
 いてくれると助かるんだけどね。」

 颯太の母は、心配そうにして、
 足元に来た颯太の頭を撫でる。

「お母さん、何話してたの?」


「んー、内緒。
 みーちゃんママとの秘密の会話。」


「えー、ずるい。僕にも教えてよ。」


「良いから、帰るよぉ。
 んじゃ、またね。」


「みーちゃん、バイバイ!」


「そうちゃん、
 次はお店屋さんごっこしようね!
 じゃあねー!」


「うん、わかった!じゃーあねー!」


別れを惜しむようにお互いに
いつまでも手を振っては、振り返って
何度も後ろ姿を確認して帰った。


「みーちゃん、そうちゃんと仲良しね。」


「うん。そうだね。
 わたし、そうちゃん大丈夫かなって
 心配だから
 着いててあげないとって思うんだ。」

「そうなの?
 でもそうちゃん、みーちゃんより
 2つも年上だよ?
 お兄ちゃんだよ?」

「んー、でも、年は関係ないなぁって
 思っちゃうんだよね。
 だってさ、お姉ちゃんは
 3つ離れてるけど
 しっかり自分のこと出来てるでしょ?」

 みーちゃんママは、顎に指を置いて
 考えた。


「まあ、確かに。
 そっか、そうちゃんは
 みーちゃんにとって特別なんだね。」

「そう!
 特別!
 一緒にいて楽しいから。」

 みーちゃんママは嬉しそうに
 笑った。

 目まぐるしく過ごす日常の中で
 幼少期の記憶というものは、
 ショックな出来事ほど、
 鮮明に覚えてるものだ。

 一緒に遊んでいた颯太が
 両親の都合で
 遠くに引っ越しをしなくては
 ならなくなった。

 ずっと、一緒にいるものだと思っていた。

 引っ越しトラックの後ろをいつまでも
 泣きながら走って追いかける映像が
 今でも蘇る。

 「そうちゃーーん!!」

 みーちゃんは、住宅街の長く続く道を
 力が続く限り走り続けては、
 途中で転んで
 膝を擦りむいた。

 涙が何度もこぼれ落ちては
 頬を濡らした。


 そんな辛い思い出が
 大人になった
 美羽の夢に出てきていた。


 目を覚ますと、
 天井に向かって
 腕を伸ばしては
 涙を流していた。


「そう…ちゃん。」


 幼馴染の2歳年上の男の子も
 颯太という名前だった。


 同じ名前の人と
 縁があって出会うなんて
 あの頃のそうちゃんは
 今頃何をしてるのかなと
 冷静になって考える。

 まさか、生まれも育ちも
 違うだろうし、同一人物なわけ
 ないよなぁと
 洗面所で歯磨きしながら
 思いふける。

(そういや、右頬にあるホクロの位置
 そうちゃんと一緒だった気がするけど、
 いやいやまさか、そんなことって
 あるわけないよな…。)

美羽は、首を振って考え直す。

苗字はなんだったっけと
頭の中で
昔の記憶を
思い出そうとしたが、
なかなか出てこない。

昨日までネガティブな考えだったが、
幼馴染の颯太の思い出が出てきてからは
もうどうでもよくなっていて、
同一人物でありますようにと
どこか頭の片隅で
祈っていた。


思い出を振り返ることで頭が
いっぱいだった。


ご機嫌になった美羽は、
お気に入りの服を着ては
買い物に行くことにした。


今は
もう、割り切って
自己投資に専念しようと
心に決めた。


ドアを開けると
冷たい風が頬を打った。








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