愛の充電器がほしい

第39話

飛行機のエンジン音が車内にまで
響いていた。

拓海は、窓際の席に
座っていた。

感情がたかぶって
雲の上を飛び立つ飛行機は、
とても綺麗な景色を見せてくれた。

空から見える日本は
キラキラと輝く海に
木々が覆い茂る山々には
雲がかかっていた。

こんなに綺麗なのに
隣には誰も座る人がいない。

空虚感に満たされて、ホロリと
無意識に涙が出た。

飛行機内のその時のアナウンスは
全て英語で話していて、
通訳が無くてもわかっていたが、
今は一文字も頭に入ってこない。

時々、話す片言の日本語にも
笑うことさえできなかった。

拓海の左開けて、もう一つの席に座る
小さな金髪で青い瞳の
紬くらいの女の子が
ヘッドホンを外して、
じっとこちらを見た。

「Are you OK?」
(大丈夫?)

 涙が出ていることに気づいたようで
 慌てて手で拭った。

「I think I got something caught in my eye. It's really bothering me.」
(目に何かが入ったんだ。
 すごく違和感がある。)

その言葉を聞いて
女の子はごまかしていると
気づいた。

「Take it easy.」
(無理しないで)

 そっと猫の模様が描かれている
 タオルハンカチをバックから
 伸ばして差し出された。

「it's okay to let yourself cry until
 you can't cry anymore」
(泣きたい時は涙が止まるまで
 泣いても大丈夫。)

 一瞬止まった涙が小さな女の子の励ましに
 さらに涙が出た。

 拓海はハンカチをありがたく
 受け取って、涙を拭った。

「thank you.」
(ありがとう。)

まさか小さな外国の女の子に
励まされるとは思ってなかった。

美羽に振られた感情が飛行機の中で
出てくるなんて予想外だった。

飛行機はさらに高度をあげて
飛んでいく。

遠くの方で
虹がさしかかっていた。

きっと良いことがあるだろうと
気持ちを切り替えた。

女の子の母親が隣からひょこっと
顔を出して、ニコッと笑い、
日本で買ったであろう
富士の天然水の
ペットボトルを差し出された。

断る理由を思い浮かばず、
ありがたく受け取った。

ただの天然水が
ものすごい美味しい水に
思えた。

優しい親子に会えて本当に良かった。

言葉が通じなくても伝わる想いが
あるんだなと思った。




⬜︎⬜︎⬜︎



「パパ!
 クリスマスツリーも見たし、
 飛行機も見たし、
 あと、どこに行くの?」

 空港のロビーには
 大きなクリスマスツリーが
 飾られていた。
 紬はツリーが大きくて、
 ぐるぐると見て回って喜んでいた。

「え、もう帰るよ?」

 車の中、後部座席から
 紬は、運転する颯太に声をかけた。

 助手席に座る美羽は、
 緑茶のペットボトルのキャップを
 開けて、
 颯太に渡す。
 お礼を言って、受け取った。

「だってさ、千葉県だっけ。
 ディズニーランドとか、シーとか
 あるじゃんよぉ。
 あと…水族館とか。
 どこか寄らないの?」

 窓の外に映る景色を見ながら、
 紬は不満そうな顔をする。

「チケットとか買ってないよ?
 予定立ててないし。
 紬は、今朝、サンタさんに
 プレゼントもらっただろ?
 それで十分じゃん。」

「そうだよ。
 Switchで使える限定amiiboね。
 欲しいって思ってたから
 良かったけどさぁ。
 でもさぁ…。」


「クリスマスだってさ、
 昨日、ローストビーフと
 ピザや大きいホールケーキとか
 いろいろ食べたでしょう。
 今日は何食べたいんだよ?」

「……なんでもいいよ。
 お外で食べるなら。」

 小さな声で話す紬。
 自信がなさげだった。
 美羽は元気つけようと
 何かを提案する。

「よし、んじゃ、
 今日は私が紬ちゃんの
 食べたいもの作っちゃうから。
 何が食べたい?」

「え?!
 本当?
 作ってくれるの?」

「難しくないものなら
 いいよ。
 帰る前に食材買えばいいし。
 ね?
 颯太さん、帰る途中で
 スーパー寄ってね。」

「別にいいよ。
 紬は
 何食べたいの?」


「そうだなぁ。
 パパが作ったことないもの。
 オムライスかな?
 デミグラスソースがかかってるの。
 お店で食べたことあるんだけど、
 手作りできるなら作り方も
 見てみたい!
 できる?美羽ママ。」

「そんな簡単なものでいいの?
 中身は、ケチャップのチキンライスで
 いいんだよね?」

「うん!!
 嘘、できるの?
 すごぉい!!
 食べたくなってきた。
 パパ、早く、スーパーで
 買い物しよう!!」

「そうだね。
 買い物行こう。」

「はいはい。
 わかりました。」
 
 颯太は赤信号機で止まっていた車を
 走らせた。

 普段乗らない車に
 3人が一緒に乗っている
 ことが気持ちがふわふわするくらい
 嬉しかった。

 これが家族なんだ。

 こういうふうにすれば
 良かったんだと
 実感していた。

 クリスマスは
 スーパーでああでもない
 こうでもないと言いながら、
 買い物をし、
 美羽が作るオムライスで
 楽しんだ。

 3人の頭には
 サンタの帽子をかぶっていた。


 楠家の窓の近くには
 クリスマスツリーが飾られて、
 青いライトが光っていた。

 
「美羽、そういや、
 引っ越し作業終わったの?」

「ううん。
 まだ、荷物まとめてない。
 契約も手続き終わってないし。」

「あー、そうなんだ。
 ちょっと待って、
 てか、
 お腹の赤ちゃんのこともそうだけど、
 母子手帳の手続きとかの前に
 大事なこと忘れてたよ!!
 美羽の実家に挨拶、
 俺行ってないじゃん。」

「あーーー……。」

「大事じゃないの?」

「そうだね。行かないとだよね。
 でも、実家出てから
 あまり会ってないんだ。
 疎遠になってた。」

 颯太は、
 浮かない顔をする美羽が
 気になった。

「お母さんって
 血のつながりないんだっけ。」

「そう、どっちも義両親だからさ。
 成人したら自由にどうぞって感じ。
 迷惑かけたくないんだ。」

「ひとりよがりだな。
 聞きもしないで、妄想しない。
 ちゃんと話したらいいだろ。」

「…あまり会いたくないなぁ。」

「え、美羽ママのお母さんのこと?」

「そう、挨拶行かないと
 本当に紬のお母さんになれないよ?」

「えー、それは行かないと!!」

「まぁまぁ。
 行こうよ。
 久しぶりなんだろ?
 てか、俺、会ったことあるっしょ。
 美羽のお母さん。」

「うーん、そうだけどさ。
 妹いるし…。
 反対はされないと思うけど。
 恥ずかしさの方がある。」

「行ってしまえば、なんとかなるって。
 きちんと挨拶させてよ。」

「…わかったよ。」

 渋々納得させた。
 複雑な表情を浮かべている。

 颯太の両親がもういない分、
 美羽の両親は大事にしないと
 いけないな
 という気持ちが強かった。

 紬は話は見えなかったが、
 なんだか面白そうだなと
 勝手に考えていた。

 夜空には下弦の月が輝いていた。


 
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