愛の充電器がほしい

第55話

目覚まし時計が鳴った。
スヌーズ機能を何度も使った。

スマホのアラームが鳴った。

これも何度も止めた。

起きたくない。

ふとんから出たくない。

1人部屋の中、
ベッドの中から
出なくてはいけないのに
なかなか出られない。

またあの先輩から
いじわるな言葉を言われるのでは
ないかと思うと
会社に行きたくない。

琉久が起きてこない紬の部屋の
ドアの隙間から覗く。

(目覚まし何回も鳴ってるのに
 全然起きないな。)

高校生の琉久は、
小学生の頃と比べて
紬と関わるのは
少なくなった。

むしろ、
お世話をやくことより
いじわるすることの方が
多くなった。

起きないといけない時間には
絶対に起こさない。
ただただ見守る。

そして、
発狂する姉を見るのが
楽しくなっていた。

「琉久、何してんだよ。」

父の颯太が、
紬の部屋の前で覗く姿を目撃する。

「こうやって覗いて
 いつ起きるか見てる。」

「そんなことしてないで
 起こせって、
 いじわるなやつだな。」

「思春期だよ?
 枕投げられるよ?
 女子でしょう、
 一応、姉ちゃんも。」

「まぁ、確かにって。
 紬は、朝、起きられない性格で
 いつも俺が起こしてるの
 分かってるだろ。」

「そうですね。
 父さん、お疲れ様です。」

「って、どこ行くんだよ。」

「髭剃り…。」

「……。
 ったく、姉ちゃん起こしたって
 罰当たんないのによぉ。」

 颯太はブツブツ文句言いながら、
 紬の部屋をノックしては、
 声をかけて起こす。

「紬、紬。
 朝だぞ、今日、会社に行くんだろ?
 休みじゃないよな。」

「う、うん。」

「なんだ、起きてたんじゃないか。
 ほら、時間なくなるぞ。」

「……分かってる。」
  
「お父さん!
 ちょっと、来て。」

 台所の方で、美羽が呼ぶ。

「紬、
 具合悪いわけじゃないよな。」

「うん、大丈夫、着替えて行くから。」

「…何、どうした?」

 颯太は、紬の返事を聞いて、
 台所にいる美羽のところに行く。

 紬は、重い腰を上げて
 スーツに着替えた。
 全身鏡を見て、
 ワイシャツを整えた。

 昨日のことを思い出す。

 嫌なことを言われた先輩もそうだが、
 その後に慰めるために
 ハグされた。
 思い出して鼓動が早くなる。

 男性にあんなに密着されるなんて
 初めてのことだった。

 でも、
 どこかで見たことある人だなと
 思い起こす。

 少し白髪混じりだったが、
 顔や背格好は若い方だ。
 
 ため息をついて
 食欲もない胃袋に牛乳を入れて
 玄関を出た。

「紬!
 忘れ物〜。」

 美羽が台所から走って届けに来た。

「え、何?」

「お弁当。
 今日は1日働いて来るんでしょう。
 お昼ご飯はしっかり食べて
 元気出して。
 卵焼きは甘いのにしてたから。」

「…うん。
 ありがとう。
 お母さん。」

 美羽からハンカチに包まれたお弁当を
 受け取って、
 バックに入れる紬は、
 エレベーターの方へ歩いた。
 ハイヒールの音が響いた。


◇◇◇


 会社のビルについて
 社員証を首にかけて
 エレベーターに乗る。

 先に拓海が資料を眺めながら
 乗っていた。
 こちらに気づいていない。
 
 23階がまだ押されていなかったため、
 さっとボタンを押した。

 階数ボタンを押すのを忘れたのに
 気づいたのか
 ハッと上を見上げると
 ボタンの前に紬がいるのを見た。

「お、出勤してるね。
 23押してた?」

「あ、おはようございます。
 ボタン押しておきました。」

「改めて
 おはようございます。
 挨拶しないと風紀乱れるもんな。
 あと、楠さん、
 昨日の坂本さん。
 ああ見えて、
 30代の独身だから
 誰にでもやっかむから
 気をつけてな。
 若作り頑張ってて必死なんだよ、
 許してやって。」

「…そうなんですか。」

「って、そんな人に新人の仕事任せる
 俺も悪いんだけどさ。
 俺も余裕なくて…申し訳ない。」

「いえ、大丈夫です。」

「何かあったら、
 いつでも言って。
 相談乗るから。
 というかさ、昨日、 
 みんなの前で自己紹介するの
 忘れてたよな。
 初日なのに。」

「そ、そうですね。
 すいません、気づきませんでした。」

「いやいや、俺の責任だから。
 朝礼の時に前出てきて。」

「はい、わかりました。」

 拓海は、23階に着くと
 慌ただしく、自分のデスクに向かう。

 紬は、昨日お世話になった
 坂本に睨まれながら、
 自分のデスクの前に行く。
 パソコンと書類棚があった。

「おはようございます。」

「あ、おはようございます。
 楠 紬です。」

「知ってますよ。
 田村です。
 田村 サツキ。
 パンダの好きなさっちゃんです。」

隣の席に座っていたのは、
拓海が話していた
ガチャガチャフィギュアのパンダ
紛失事件の話の田村だと
思い出して
くすくすと笑った。

「え、楠さん。
 思い出し笑い?」

「え、あ、すいません。
 昨日の話がおかしくて…。」

「そう?
 ありがとう。
 面白い話好きだから.
 楠さんは、ガチャガチャする?」

「はい。
 えっと、最近は、
 喫茶店のクリームソーダの形を
 インテリアにしています。」

「あー、あれか。
 あれさ、ピンクと青あるよね。
 本当、おしゃれ。
 私も持ってる。」

「田村さんって
 ガチャガチャの趣味幅広そうですね。」

「うん。なんでも持ってるよ。
 最近は、ハシビロコウの動物フィギュア
 集め始めたの。」

「それ、いいですね。」

 パンパンと手を叩く音が聞こえた。

「はいはい。
 おしゃべりもその辺にして
 朝礼始めるぞー。」

 拓海はデスクの方から
 みんなに声をかけた。

「はーい。」

 フロアディスクには、
 約15名ほどの社員が所属していた。

 その場で席に立ち、
 挨拶とともに朝礼が始まる。

 初日の出勤は、
 お試しのため、
 朝礼が終わった後に来るようにと
 紬に指示したため、
 拓海はすっかり自己紹介を
 忘れていた。

「おはようございます。
 今日は、えーと、実は昨日から
 出勤していました。
 新人の楠 紬さんです。」

 紬は拓海の横に移動して、
 ぺこりとお辞儀した。

「ごめん、軽く
 自己紹介してもらえる?」

 小声で話す。

「えっと、
 楠 紬です。
 W大学出身です。
 趣味はパワースポット巡りです。
 よろしくお願いします。」

 拍手が沸き起こった。

「楠さんにはメンターとして
 田村サツキさんお願いできますか?」

「はい、了解です。」

「あの、メンターってなんですか?」

「助言者、指導者って意味だよ。」

 田村が横から小声で話す。

「なるほど。」

「メンバーが増えるわけだけど、
 決して新人いじめをすることの
 ないようにお願いしますね。
 特に、坂本さん。
 欲求不満は外でお願いします!」

「…な?
 そんな、いじめてないですよ?!」

 急にみんなの前で名指しされた坂本は
 驚いていた。
 紬は田村の後ろに隠れて
 坂本の睨みを避けた。

「はいはい。
 可愛がりもいじめに入るから
 気をつけて。
 はい、朝礼は以上です。
 本日もよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 一同お辞儀をして朝礼を終えた。
 拓海は、目が合った紬にウィンクをした。
 その返事として、ぺこりとお辞儀をした。

 どうにかこの会社で
 紬は、働けそうだなと安堵した。

 
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