愛の充電器がほしい

第59話

「ほら、こっちこっち。」

 紬は、がやがや賑わうゲーセンの
 端っこにあるプリクラの中へ
 拓海を誘導する。

「未だに人気があるんだな。
 加工ができるから女子は好きなのか?」

 紬に腕を引っ張られながら、
 カメラに向かって思い思いに
 写真を撮る。

「今度は、後ろ向きに
 くっついて、
 次は裏ピースね。
 あとは、
 変顔して。」

 瞬時にフラッシュが光り、
 シャッターが切られる。
 密着度は半端ない。

「い、忙しいな。
 おじさん、着いてけない。」

「そういう時ばかりおじさん言わないの。」

「あと何回?」

「全部で6枚だから
 あと3回だよ。」

「んじゃ、俺考えても良いわけね。」

「そんなこと言ってな…。」

 紬は拓海の腕に腰を掴まれては
 顎クイをされて、キスされた。
 いわゆる横顔のチュープリだ。

 時間が長すぎて、同じ角度からの
 カメラアングルで
 同じカットが2枚にもなっていた。
 慌てた拓海は、
 紬の顔を正面に戻して、
 ほっぺたに軽くキスをした。

『撮影が終わったよぉ。
 ラクガキスペースに移動してね。
 忘れ物には気をつけて。』

 プリクラの機械から聞こえる声が
 響いた。

「ねぇ、もう、終わった。」

「ああ、悪い悪い。」

 撮影が終わってもいつまでも
 抱きついていた。
 そう言いつつも嬉しそうな紬だ。
 声をかけて正気に戻る。
 ラクガキスペースに移動して、
 6枚の写真
 それぞれの名前をひらがなで書き、
 『初プリ』という言葉を添えてみた。
 日付スタンプを押した。
 
 キスしている写真には、
 ハートマークのスタンプをこれでもかと
 押す。

「加工はしなくていいの?
 まつ毛とか目を大きくとか?
 あれ、白い肌にもできるね。
 俺、美男子じゃん。
 猫のカチューシャもつけようかな。」

 ノリノリで一緒にラクガキに
 夢中になっていた。

「加工するよ。
 チークもつけられるもんね。
 あと口紅と…。
 髪色チェンジもしちゃおうかな。」

「もう、原型とどめてないな。
 違う人だわ。」

「本当だ。
 でも、いいじゃないですか。
 ラブラブ〜?
 おわりっと。」

 紬は一通りラクガキし終えると、
 終わりボタンを押した。

「え、もう終わり?
 もっと書きたかった。」

「どっちが、夢中になってるんですか。」

「楽しい方、いいだろ。
 てか、初めてプリクラ撮ったかも。
 案外面白いんだな。
 加工しまくりだし。」

「そうなんですね。
 意外ですね。
 美羽さんとは撮らなかったんですか?」

「あー…。うん。
 全然、こういうの興味無かったから。
 あいつ、写真撮るの嫌がる方だし。」

「……。」

 カコンという音がして、
 印刷を終えたプリクラが落ちてきた。
 紬は慣れた手つきで
 近くにあったハサミでチョキチョキと 
 2分割した。
 
「はい、拓海さん。
 もう一つは持っててください。
 記念に。」

「あ、うん。
 ありがとう。
 かなり、盛ってるな?」

「ですよね。」

「……ちょっと
 チューしてるのは
 恥ずかしすぎるな。
 ちょ、貸して。」

「いやです。」

「いいから。」

「絶対いや。
 渡さない気でしょう?」

「……わかった。
 諦める。っと見せかけて!」

 拓海は紬から写真を取り返した。
 ハサミを取って、
 恥ずかしい写真を分けて切った。

「切るだけなら良いですけど…。」

 切っているところを横からじーっと
 見ていた。

「丁寧に切ってと。
 これでよし。」

「え、私の分は?」

「ないよ。」

「嘘ぉ。」

「嘘だよ。はい、どうぞ。」

 キスしたプリクラ以外のもの
 全部を紬に渡した。

「教育上の観点から没収します。」

「えーーーー。いやだ。
 1番欲しいやつ!!」

腕を伸ばして取らせようとしない拓海。
さらに手を伸ばす紬。
大の大人がゲーセンで戯れている。

周りにいた高校生や親子連れのお客さんは
ジロジロ見ながら通り過ぎていく。

「美羽にバレたくない。
 めっちゃ恥ずい。
 無理。
 持っていかないで。まじで。」

「あ!あそこに美羽さんが!!」

 紬は、ひらめいて、とっさに嘘をついた。

「なに?!」

 持っていたキスプリクラが
 床に散らばった。
 さらに恥ずかしいことになってしまう。

「あーあ。拓海さん、
 よく見てくださいよ。
 落ちちゃいましたよ。」

「誰のせいだよ、誰の。」

 2人は、頬を赤くして
 急いで落ちたプリクラを拾い集めた。
 
 近くにいたお客さんたちはジロジロと
 見ていた。

結局は、それぞれ平等に
プリクラ6種類の写真を持つことに
落ち着いた。





休憩しようと近くのファミレスに入った。


 ソファがふかふかの向かい合わせの席に
 座って、メニュー表を眺める。

「というか、今日、いつ帰るの?
 昨日からずっと外出して
 家は大丈夫なの?」

「え、一緒にいたくないってことですか?」

 眉毛をしかめる紬。

「いや、休みだから、
 別に俺は構わないけど。
 家に連絡したのかなって。
 心配しないの?
 実家暮らしでしょう。」

「……昨日から同僚の田村さんのところに
 泊まってるって両親には伝えてます。」

「え?! なにそれ。
 嘘ついてるの?
 高校生の外泊理由じゃないんだから。
 良い大人でしょう…。
 反抗期なの?」

「確かに。
 まともに反抗したことないですから。
 今が反抗期かもしれないですね。」

 紬はケタケタと笑った。
 冗談じゃない話のはずだと拓海は
 無表情になった。

「あのさ、心配するから
 きちんと連絡しな?」

「え? 
 本当のこと言えってことですか?
 美羽さんに?
 元彼と付き合ってて、
 泊まってきましたって?!
 お父さんには言えますけど、
 無理ですよ。
 お母さんには。」

「あー…。
 確かに…。
 いやぁ、まぁ。
 黙っててもいいか。」

「急にそれですか。
 心配してるから連絡しなさいと言ったのは
 誰ですか。もう。」

 しばし、拓海は、腕を組んで考え込む。
 
「いっそのこと、
 俺の家に住んじゃえばいいじゃん。
 1人暮らししたかったんだろ?
 そうだよ、その方がいい。」

「…話の流れが早すぎますよ。
 なんでそうなるんですか。
 そもそもそれって 
 1人暮らしじゃないです。」

「わかった。
 俺も覚悟を決めるから。
 挨拶、行くから。
 ご両親2人に。
 って、知り合いに挨拶って
 久しぶりって終わりになる気が…。」

「私の話をしてくれるんじゃないですか?」

「とりあえず、エビグラタン頼もうかな。」

「…大丈夫かなぁ。」

 紬は不安が尽きなかった。
 
 拓海は
 まさかこういう状況になるとは
 思ってもいなく、
 自分が元彼女の娘に
 手を出すとは
 どう対処していけばいいのか
 混乱していた。

 どの仕事のミッションよりも
 難しそうに感じた。

  
 頼んだエビグラタンは想像以上に
 熱かった。
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