愛の充電器がほしい

第61話

颯太はやかんに水を入れて、
IHののコンロに乗せた。

美羽は、食卓のテーブルに座り、
ずっと黙っていた。

紬の隣に拓海が座り、
同じく2人も何も言わずに
座っていた。

お互いにどこを見ているかわからない。

「何してるの?
 みんなして…。
 久しぶりなんだから、
 美羽も何か話せばいいじゃん。
 ねぇ?」

「……。」

 紬は、何も言わずに、
 横にいる拓海の服の裾を
 美羽の見えない位置で引っ張った。

 何かを話せという合図だ。

 拓海はいざ何を言うかをすごく考えた。

「いやぁ、本当に久しぶりっすよね。
 えっと、赤ちゃん出産した
 以来じゃないですか?
 元気ですか?その赤ちゃんは?
 大きくなってますよね?」

 拓海は、白々しく言う。
 紬は不満そうだった。

 美羽は、何も言わずに拓海の姿を
 ジロジロと見つめた。

「そうそう、そうだよね。
 あれは、確か16年前なんだよ。
 琉久って言うんだけど、
 おかげさまでもう立派に
 育っているよ。ほら。」

 颯太は近くに置いていた
 部活で昨年サッカーで優勝した
 中学の頃の琉久の
 写真立てを見せた。

 拓海はまさかそんなに大きくなったとはと
 驚いていた。

「マジっすか。
 そんなに?!
 全然会わないとあっという間に
 大きくなるもんなんですね。
 イケメンじゃないですか!
 美羽に似ている?
 お母さん似はかっこよくなるって
 言いますもんね。」

 美羽は内心ドキドキしていた。
 自分に似ているとか言われたら
 どうしようとヒヤヒヤだった。

「だよね?
 お母さん似だから、
 ドラえもんの
 のび太くんと一緒だとか思ったよ。
 男の子って
 割とお母さんに似るもんだよね。」

 颯太は嬉しそうに写真立てを元の位置に
 戻した。

「でもさぁ、俺、文化部だったから
 こんなにスポーツ万能になるとは
 思ってなくて、
 琉久が小さい頃は凄いアクティブで
 公園遊びに行くの大変だったよ。
 休む日を与えられずって感じでさ。
 本当、今は、サッカーに夢中に
 なってるからさ。
 拓海くんは?
 何か部活やってたの?」

 颯太は、台所のやかんの火を止めて
 マグカップにお湯を注いだ。
 コーヒーを4人分準備した。

「えっと、そうっすね。
 小学校のスポ少の時から
 ずっと高校までサッカーしてましたよ。
 県大会まで行きました。
 やっぱ、学生にしかできないことって
 ありますもんね。」

 美羽は、心中穏やかじゃなかった。
 引き攣った顔をして、
 笑顔を貫き通した。

「え、拓海さん、サッカー
 やっていたんですね。
 初めて聞いた。
 スポーツ万能だとは…。」

 紬がやっと閉じていた口を開いた。
 拓海のことは興味深かったためだ。

「それは、そうと、
 紬、上司って言うけど、
 随分馴れ馴れしいんじゃないの?
 2人ってどういう関係?」

 颯太がマグカップをそれぞれの前に 
 置くと確信をつく。
 美羽は、話が逸れて安心していた。

「へ?そうかな。」

「確かにそうね…。」

 美羽も同意する。

「えー、あー、実は…。」

 出会いから今までの経緯を事細かに
 説明すると美羽と颯太は、
 
「えーーーーー!?」

 同時に叫んだ。
 紬は頬を赤くして、
 コーヒーを飲み始める。

 拓海は、頭をボリボリとかく。

 美羽は、
 何だか気持ちに整理できなかった。

「なんでそうなるの?」

「なんでって、好きになるのに
 理由あるの?」


「いや、違う。
 どうして
 私の元彼なのかってこと。
 わかっててでしょう。」

「え、だって、知っていたから
 親近感というか…。」

 紬はドキドキしながら言う。
 拓海は複雑な表情を浮かべる。

「私、認めない。
 2人が付き合うのはちょっと無理。」

「なんで?!」

「拓海は私の過去だから。
 できることなら会いたくなかった。」

「そんなのお母さんの勝手でしょう。
 これは、私の人生だよ!?
 会わなければいいじゃない。」

「だめ、絶対だめ。」

「こういう時ばかり
 母親という名押し付けて、
 小さい頃はお母さんって
 呼ばなくていいとか言ってたくせに。」

「何?」

「だから、
 母親面しないでって言ってんの!
 本当のお母さんじゃないんだから。
 自由にさせてよ!」

「紬!!」

 美羽は、紬のそばに近寄り、
 頬を平手で叩いた。

 自分で叩かれた頬をおさえた。

「母親じゃなくても
 親として嫌な思いしたくないから
 言ってるの!!」


「そんなの独りよがりでしょう。
 もう大っ嫌い!!」

 
 そう吐き捨てて、紬は、
 部屋を飛び出した。

 その様子を拓海は目の前で
 見せつけられて居た堪れなくなる。

「拓海も拓海よ。
 なんで、わかっててくるのよ!
 反対するって知ってたんじゃないの?!」

「俺だって本気なんだよ!!
 知ったようなこと言うなよ。
 俺たちの何を知ってるんだよ。」

「……え。」

「今日は出直してきます。
 お邪魔しました。」

 拓海は、荷物を持って
 紬の後を追った。

 呆然と立ち尽くす美羽。
 隣で颯太は、美羽の肩をポンと
 たたいた。

「美羽には俺がいるだろ。
 過去は清算してきたんだから
 許してやれよ。
 2人がここに一緒に来るってことは
 そういうことなんだろ。」

「で、でも…私…。」

 涙が止まらない。
 いろんな感情が蘇る。

 琉久が拓海の子どもであることと
 紬は誰とも血のつながりでない
 親子であること。

 そして、元彼という拓海という存在
 まさか、紬が拓海を彼氏として
 連れてくるとは夢にも思わなかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃで
 自分はどうしたいのか
 わからなくなってきた。

 少なくても昔、愛してた男性だ。

 でも自分には思いはもう向いていない。
 分かってはいても、
 どうしても、紬と一緒にいることに
 モヤモヤが消えなかった。

 自分は母親としてじゃなく、
 1人の女性として、
 紬と同じ土俵のいるのだろうか。

 颯太という愛する夫がいるというのに
 無いものねだりだ。

 娘を祝福できない母親としても
 情けなかった。

 紬に結婚相手を望んでいたが
 よりによってなぜあの人なのか。






マンションをエレベーターではなく、
階段で駆け降りていた。

紬は息を切らして、
深呼吸した。


「紬!!」


後ろから後を追ってきた拓海が
声をかけた。


「あ、初めて、
 名前で呼んだ。」


「ああ、そうだな。」


 2人は呼吸を整える。


「とりあえず、行こうか。」


「え、どこに?」


「近くのベンチ。」


街中の街路樹があるベンチには、
鳩が集まってきていた。

座ろうとすると一斉に飛び立っていく。


「ちょっと、あそこで飲み物買ってくる。
 何飲む?」

「アロエジュース。」

「はいはい。」

 拓海は近くにあった自動販売機で
 缶ジュースを2本買った。
 紬用にアロエジュース、
 自分用に甘い缶コーヒーを買った。

 プルタブをパチンと開ける。

「やっぱり断れたな。」

「うん。」

「分かってたことなんだろ?」

「大体はね。」

「……どうするっかなぁ。」

「美羽さん、
 まだ拓海さんに未練があるのかな。」

「…全くないって言うのは嘘かもな。
 そしたら、反対しないもんな。」

「もう、親の反対押し切って、
 駆け落ちだね。」

「それは、やめよう。
 お互いに不幸になるから。」

「なんで?」

「反対するってことは本気を
 確かめられてるって思えばいいだろ。」

「本気…。
 本気なの?
 本当の本当?」


「…あ、ああ。そうだけど。」

「それって、ほぼプロポーズじゃんね。」

「言ってないって。」

「えーーー、言ったようなもんでしょう。」

「はいはい。
 んじゃ、親から反対されてるから
 別れる?」

「……むー。」

 口を膨らませて機嫌悪そうにする紬。
 拓海は、その頬に指をさす。
 風船のような頬は萎んでいく。

「嘘だよ。」

「むかつくぅ。」

「お父さんは別に何も言わなかったろ?」

「そうだね。
 確かに。
 見込みはゼロじゃない?」

「日を改めて
 もう1回交渉ね。」

「そしたら、しばらく、
 私は、拓海さんの家に泊まるね。」

「な?
 なんで?」

「あんな啖呵切って家出てきたのに
 帰れるわけないっしょ。」

「…電話しろよ。」

「無理無理。」

「先が思いやられるわ。」

 拓海は、スマホを取り出して、
 美羽のラインに
 念の為、
 連絡しておいた。

『しばらく、帰りたく無いそうで
 紬さんをお預かりいたします。』

 美羽はその文面を見て
 すぐに返事をかえした。

「わがままな娘ですが、
 よろしくお願いします。」

 冷静になってるようで、
 返事がまともだった。

 紬にとって初の家出だ。

 親と話したくない反抗期が
 24歳にして出てきたようだ。

 両親はもう、こうなってしまっては
 任せるしか無いと思った。
 
 結局は一時的ではあるが。
 同棲を認める形となる。

 
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