愛の充電器がほしい

第9話


白と灰色の
床タイルの商店街を
抜けると
高級なブランドショップが
並んでいた。

ショーウィンドウを見ると
前から気になっていた
革でできた
可愛いバックが飾られている。

顔を近づけて見つめると、
鏡のように自分の顔が
映った。


昨日は久しぶりに
気持ちはふわふわとして
幸せな気持ちになったと
思い出す。


~回想~

ひょっとこの居酒屋を
出ようとした時
颯太は、上司の五十嵐に
声をかけられていて、
隣にいる女性は誰だと
聞かれた質問に
冷静な態度で
美羽のことを
彼女じゃないと否定して
従妹だと説明されてしまったことに
少しもやもやした。


店を出た歩道のところで
言い訳するように
プライベートを
詮索されたくないんだと
説明されたが
納得できなかった。


その場では
合わせるようにうなずいて
終わらせていたが、
不安感が残った。


確かにまだ
彼女だと明確な告白は
してもないし
されてもない。

颯太に
もう1件、飲み直そうと
バーに行っては
まったり過ごしていたが
アルコール度数の高い
お酒を颯太が飲みすぎて
具合悪くして
最後まで
注文したお酒を
飲み切ることが
できずに
美羽が会計を済ませて
颯太の家に送ることになった。

バーのマスターと颯太は
気のしれた関係のようで
颯太の家までの
地図を教えてくれた。

肩を貸しながら
颯太の背中を支えて
2階建てのアパートの
1階で右から2番目扉を開けた。

どさっと荷物を乗せては、
ベッドまでうーうー
うなっている颯太をベッドまで
運んであげた。

かなり酔いがまわって
具合悪いようだった。

颯太をおろそうとした瞬間に
美羽の上に覆いかぶさってしまった。

「うわ、ごめん!よけるから。
 もー、重い~。」

押しのけようとしたが、
颯太が美羽の両手首をがっつりと
つかんで目がすわっていた。

「……実花……。」

目がうつろだったのか、
理解してなかったのか
記憶が消えたのは
妻の名前を呼んだことを
忘れたかったのか。
真実はわからない。

颯太は、首筋を愛撫した。

美羽は、
言い間違えたのかと
勘違いして、
酔っぱらっているのにと
頭をヨシヨシと撫でた。

そのまま、
2人はスイッチが入って
快楽を溺れていった。

美羽は、拒みはしなかった。
むしろ颯太のすべてを受け入れた。

名前が間違っていても
部屋の中にどこか一人暮らしにしては
違和感があるこの空気にも
それでも今がよければいい。
その一心だった。


颯太は、度数の高いお酒を飲んでから
すべてが夢だと思い込んでいた。

忘れていたというが、
現実と夢の感覚を
取り戻せていなかった。

本当は夢に出てくるほど、
美羽に近づきたくて
一緒にいたくてたまらなくて
仕方なかったはずなのに
実際にそうなってしまうと
罪悪感に苛まれてしまう。

望んでいたことだったはずなのに。
脳裏には、妻の実花のことも
少しは考えていたのだろう。

~回想終了~


「あ!ピアス。
 片方ない。」

 美羽はショーウィンドウに映る
 自分の顔を見て、片方の耳にピアスが
 ついてないことに気づく。

 スマホを取り出して、颯太に電話しながら
 来た道を戻る。

 何回かコールしたがなかなか出ない。
 もうそろそろ着くところで
 やっと出た。

「もしもし、ごめんね。
 颯太さん。」

『はい。ごめん、何?』

「ピアス片方落ちてないかな。
 耳についてなくて。」

『え?アクセサリー?
 ちょっと待って…今、来客中。
 
 来月からゴミ集積所が変わるって
 ことでいいですよね---』

「…颯太さん、ごめん。
 もうアパートの前に
 着いちゃった…。」

 玄関でやり取りを
 かわしてるのは、
 パンチパーマの体格のいい
 おばちゃんだった。

 電話の通話オフをしては、
 バックにスマホをしまった。

「あらー、可愛いわね。
 何、上原さんの奥様?」

「違いますよ。
 大家さん。従妹です。」

「初めまして、美羽と申します。」

「どうも、ここの
 アパート管理人佐々木です。
 上原さんにはお世話になってるんです。」

「そうなんですか。」

「こんな年寄りに
 優しい人なんて珍しいものね。
 今の若い人、無関心な人多いから。
 また何かあったらお手伝いお願いね。」

「あ、はい。
 よろしくお願いします。」

 大家の佐々木は、用事を済ませると
 ささっと帰って行った。

 美羽は、また颯太の部屋にお邪魔した。

「はぁ、もう、困るんだけど…。
 ここのアパート、一応社員専用で
 男性しか住んでいないのよ。
 女性厳禁だからさ。
 やっかむ同僚いるから…。」

 困った顔をして、颯太はため息をつく。

「そうだったんだ。
 ごめんなさい。
 大事なピアスだったから、
 どこかにないかと思って
 探しに来たんだけど。」

 美羽は部屋の中をうろうろして、
 探し始めた。
 変なところを勘ぐられないようにと
 颯太は慌てて、肩をポンポンとたたく。

「あるよ。
 これだろ?」

 手に持ってはサラリと垂らして見せた。
 長めに伸びたシルバーの
 花の形のピアスだった。

「あ!そうそう。
 なんだ、まめだねぇ。
 颯太さん。
 拓海は全然疎いからそういうの。
 …あ。」

 傷つけたかなと一瞬顔をしかめた。
 なんとも思っていない普通の顔をして
 とぼけていた。

(そりゃぁ、本妻にバレたら…俺の命は。)

 内心はひやひやしていた。

「細かいよぉ。そういうの。
 綺麗好きだし。」

 笑ってごまかした。

「ごめんね。拓海のこと、
 気にしてると思った。」

「え?拓海くん?
 別に…。」

(やきもちは妬かないのか…。)

 美羽は反対にがっかりした。
 女心は複雑だ。

 「まあ、いいや。
  そろそろ帰るね。」

 と言った瞬間、
 颯太のお腹が勢いよいを増して
 恥ずかしいくらい大きな音を立てた。


「へ?何、その音?」

 美羽はお腹を抱えて笑った。
 ラフなかっこうで、自分の腹に触れる。

「お腹、空いてるなら、外に食べに行こう?」

「……明るいよ。」

「? そりゃ、朝だからね。」

(明るいところで2人でいるところ、
 あんまり見られたくないなぁ。
 でも腹減ったし、誘われたし。
 仕方ない、あれつけるか。)

 美羽は、何かを考える颯太を見つめる。
 
「分かった。行くよ。」

「うん。
 んじゃ、外で待ってる。」

「ああ。」

 玄関のドアが開いた。
 美羽は扉の前で待っていた。

 颯太は、ベージュのジャケットを羽織っては
 サングラスをつけた。
 変装しきれてないが、
 多少、自分だとわからないだろうと
 たかをくくる。

 いつもお腹が鳴っても、
 積極的にご飯を食べに行かず、
 冷蔵庫に常備するミネラルウォーターや
 栄養ドリンク、
 プロテインで食いつないでいたが、
 誰かに誘われて
 朝ごはんを食べに行くなんて
 何年ぶり、いや、人生初の朝外食。
 
 行かない理由が見つからないが、リスクも生じる。

 つばをごくりを飲み込んでは、
 もう、ここまで来たら、
 どうにでもなれと
 いう勢いだった。


 「よし、行こう。」


 茶色のお気に入りの革靴を
 靴ベラを使って履いた。


 今日はなぜだか、
 玄関のドアを開けるのが楽しみだった。
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