振り返って、接吻
お礼をしてから受け取った彼女はすぐにそれを耳元に当てて、もしもし、と柔らかいマシュマロのような声を出した。
この女、由鶴の前ではこんな猫みたいな声使ってるのか。ふうん。
さっきまでのユリの花みたいな声のほうがいいと思うけどな。匂いはきついけど綺麗、みたいなソプラノ。
通話中の彼女を見ていたら、また、由鶴のことが羨ましくなった。こんなにも、みっともないところを晒してまで欲しがってもらえるなんて、さぞかし承認欲求も満たされることだろうな。
わたしは、まだ、ずっと足りない。定期試験、体力測定、習字、油絵、いろんなイチバンを集めても、ほんとうに欲しいものは手に入らない。
何かで1位になることが重要なんじゃなくて、それによって、賞賛と尊敬と畏怖の念を抱かれたい。1位をとったわたしをもっと認めてほしいし、もっと興味を持ってほしい。
欲張りだって、自覚はしている。
由鶴がわたしのものになれば、わたしのこころは満たされるのだろうか。由鶴にはなれないけれど、由鶴を手に入れることは意外と簡単なことだ。
わたしのスマートフォンを耳に当てている彼女の瞳は、たしかに、まっすぐ恋に焦がれていた。
ふたりが何を話してるのかあまり気にならなくて、やっぱりわたしは他のことを考えてしまう。まあ、他とは言い過ぎかもしれないけど。だって、けっきょく由鶴のことだし。
今日は、出来のいい幼馴染について考えさせられる日だ。普段、わりと直感で動くわたしは、ひとつのことについてこんなに考え込むなんてない。
なんか、疲れちゃうな。
長話もせずに、通話が切られたスマホが返ってくる。電波越しの恋人同士に何があったのか分からないけれど、彼女は何かを吹っ切れたように破顔した。
「宇田さんは、誰からも愛されるみんなのお姫様ですね」
甘くコーティングされている言葉の真意を読み取ろうと、わたしは彼女の目をしっかり見据える。
たしかにお遊戯会や演劇会では、わたしはお姫様の役を与えられてきた。でもそれは、わたしが〝お姫様らしいから〟ってわけではないと思う。
主役、だからだ。物心ついた頃からわたしはどこにいても、きっちり主役を演じたがる。性根から、目立ちたがりなのだ。
ちなみに由鶴は、幼稚舎でのお遊戯会では王子様を演じてみんなをめろめろにさせたのに、初等部あたりから勘弁してくれと拒否するようになった。黒髪の王子様ってかなり魅力的なのに。
「そんなことないですよ」
誰からも愛されるお姫様、という過大すぎる評価を少し遅れて否定した。これは謙遜でもなんでもない。
だって、わたしのこと嫌いな人とか邪魔だなーって思っている人なんて、腐るほどいる。あなたも含めて、だよ。おねえさん。
「わたしは、神様から愛されているんです」
わたしはお得意の最上級の微笑を浮かべて、由鶴の恋人を屋上から送り出した。
この人は由鶴の恋人を辞めて、他人になるんだ。もう会うことはないかもしれない。
一瞬大きな瞳をきょとんとさせた彼女は、すぐに美女にかえって、満足げな笑みで屋上を出た。