振り返って、接吻


秘書の千賀は、おめでとうございますとだけさらりと言って、その後は何事もなかったように仕事の説明をした。こういうところが俺の秘書だな、と笑いそうになった。

千賀は、考えていることが分かりやすくて分かりにくい。俺に好意があるように見せるときもあれば、興味さえなさそうなときもある。

いかにも今どきの量産型なキャリアウーマンってかんじもするけど、俺や茅根なんかよりずっと男気があってかっこいい気もする。親しくないけど、頼りにしている。


「これから、忙しくなりますよ」

「勘弁して」

「私は、仕事で忙しいのも嫌いじゃないです」

「オマエって良い秘書だな」

「、光栄です」


千賀に宣言された通り、その後の仕事はめちゃくちゃ忙しかった。


天下の深月財閥のご子息と宇田グループのご令嬢の婚約は、俺らの化粧品会社に注目を集めるには十分すぎる話題だったらしい。まったく、ありがたいことで。

それから数日後には、宇田だけでなく、俺や茅根や千賀も駆り出されて、取材を受けることになった。それも、いくつもの雑誌やテレビ番組だ。


宇田はもうすっかり、“美人社長”としてよく知られた人間になった。美人という枕詞に笑ってしまうけど、社長本人はたいそう気に入っているご様子なので、まあ、いいでしょう。

俺のほうは、写真を使われまくっているので顔こそよく知られているものの、スポットライトからは逃げてきている。あのね、俺は、柄じゃない。もともと宇田は、そっち側だからいいけど。
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