振り返って、接吻
そして、一度立ち上がった俺は「あ、忘れるところだった」という名演技をした。
悪いけど、俺はもとから無感情な声色だからね。棒読みこそが名演技だ。
「目を通して、問題なかったらサインしておいて」
俺はファイルに入れた書類をさらりと宇田に手渡して、宇田もスムーズにそれを受け取った。
生徒会のときからこの仕事を始めて、通算何万回も繰り返された動作。それなのに、俺はとてつもなく緊張していた。動悸が、どきどき。うん、俺らしくないこと言っちゃう。
思考回路がショート寸前の俺に、それを分かっている茅根はハンガーに掛けてあった上着を手渡してくれた。さすがの秘書。
「じゃあ、また」
向こうから何か余計な声をかけられる前に、逃げるように社長室を後にした。