振り返って、接吻
深月由鶴は、良くも悪くも〝普通〟じゃない。
幼馴染の宇田凛子以外に興味はないし、そんな生き方をしていても誰からも咎められることもなく、周囲は高く評価する。
仕事だって、彼女が社長であるから好きなだけかもしれない。深月由鶴にとっての生きる意味とは、本当に宇田凛子そのものなのだ。
彼女の考えが正しいとかどうでもよくて、彼女が自分をどう思っているのかも気にしない。
まるで、ただ、自分の一歩前に彼女がいてくれるだけで良い。そしてたまに振り返ってくれるだけで、彼は生きているみたいに。
でも、宇田凛子は違う。
他人の目も気になるし、深月由鶴には好かれたい、自分だけを見ていてほしい。それはやや滑稽で、生々しい感情。深月由鶴のような冷たく美しい人間には持ち得ないものだ。
宇田凛子は、抜群のカリスマ性と豊かな感性のおかげで天才のように見えるが、実際は〝普通〟な感覚の持ち主なのかもしれない。
「わたしのように、たくさんの恋する女の子に、好きな男の子の隣に自信を持って立ってもらうためのお手伝いができるような商品を作るという思いから、
頭の先から爪先まで美しい幼馴染の名前を借りたのが社名の由来です」
そう言って柔らかく微笑む彼女に、その場にいた全員が魅了された。
いくつもの賞を受賞したバレリーナだった彼女は、小柄だがすらりと手足が長く伸びている。小さな顔に大きなアーモンドアイと薄い唇は、子鹿を連想させる顔立ちである。
たしかに美女であるが、はっと誰しもの目を惹く美貌は間違いなく深月由鶴のほうだ。
彼女の魅力は、一瞬では伝わらない。それなのに、彼女の声を聞いただけで、誰もが虜になってしまう。
「だから、大した由来ではないんです。
でも、これを声に出すのに長い時間がかかりましたね」
宇田凛子が他の女の子たちよりも強く輝いて見えるのは、彼女の心のなかには永遠に恋をするひとりの女の子がいるからだ。
「これから、社名を呼びにくくなりますね」
マイクを受け取った深月由鶴は、呆れたように肩をすくめてそれだけ言った。
そして、それを受けた宇田凛子はくすくすと楽しそうに笑う。それはまるで彼の少ない口数から、他の誰にも分からない感情の全てを汲み取っているかのようだ。
緩く微笑み合うふたりは、誰がどう見ても、運命の相手だった。