振り返って、接吻
気絶したようにぐっすりと眠る無防備な宇田を、抱きしめる権利はいくらで買えるのだろう。
手酷く犯した後でもいまだ気を許されている安らかな寝顔に、少しだけ平穏が訪れる。
いま、ちょうど、夜と朝の縫い目にいる。大人も眠りにつく時間、無意味な夜更かしは精神衛生上よろしくない。
夜の強すぎる引力に吸い込まれてしまうまえに、ほら、早く眠っておけよ。同じ空間にいる宇田は、持ち前の図太さで夜にも圧勝。質のよさそうな睡眠が羨ましい。
ほぼ同じ時間を共有して育ってきたのに、どうしてこんなにも違うのか。
俺が眠った隙に逃げてしまいそうな幼馴染を目の前にして、眠りに落ちることが怖い。次に目を開けた時、宇田が消えていたら、どうしたらいいの。俺は不安な不眠症。
結局、相手を信頼できないのは俺のほうだ。
眠るのが苦手な自分は、ずっと、宇田がいないと眠れなかった。
それを知った宇田が、頻繁に泊まっていくようになったのは、もうずいぶん前のことだ。
それから俺は、寝不足を見せると心配してくれるのが嬉しくて、さらに宇田がいない夜は眠りにつかないようになっていった。子どものような、浅はかな気の引き方をしている。
だけど、いとも簡単に宇田の夜を束縛できると気付いてしまえば、その手段を悪用してしまう。俺の精神年齢は、宇田のことになると幼児レベルなのだから仕方ない。
歪んでいても、拗れていても、俺が宇田を見つめるこころはずっと純真な子どものままだ。愛を語るには言葉足らずだから口を閉ざして、沈黙を美徳とした大人のふりをしている。
だけど純真は、時として残酷な凶器を持っていた。その凶器が振りかざされたとき、崩壊が音を鳴らすらしい。