振り返って、接吻
俺と宇田の婚約について、実家は大喜びだろう。親族からお互いの印象も良いうえに、日本屈指のグループが手を組めばもはや無敵だ。
仕事だって、夫婦となればやりやすいことも多いし、しょうもない誘いも消え失せるだろう。
宇田の言う通り、お互いがお互いの性格や気質もよく知っているから、いっしょに暮らしても揉めたりはしないかもしれない。
だから、メリットしかない?それは本当?
整理して考えたいのに、白い衣装のせいで周囲からの視線が気になる。婚約発表のための白だったことに気付かなかった俺は、どうかしていた。
みんなが祝福しているのが奇妙に思えて、まるで夢の中にいるように、自分を客観的に見下ろしていた。
最終地点にたどり着く気配のない、思考の迷路。宇田の考えは複雑すぎるから、俺には到底理解できない。
どうせ、宇田社長に手のひらで転がされるのが最も上手くいくらしい。そこには絶対的な信頼があるので、おそるおそる黙考を放棄した。
宇田は俺の飲みかけのコーヒーに手を伸ばして、こちらに視線を向けたままカップを口をつける。その仕草に色気なんて感じられず、ただ、盃を交わすかのような真剣さがあった。
うっすらと口紅の跡が残ったカップが戻ってくるけど、もう飲む気にはなれない。どうしてオマエは自分のぶんを注文しないわけ。
「ほら戻るよ、旦那様」
彼女は先に席を立って、俺が立ち上がるよりも早く会計に向かった。よくわからないけど奢ってくれるらしいから、俺はその華奢な背中を眺めて、仰せのままにゆっくり席を立つ。
たまに、宇田は女王様みたいだなと思う。お姫様じゃなくて、女王様。
でも、俺は王様って感じじゃない気がする。どちらかというと騎士みたいな。王子様は茅根が定説だし。
「仕事に戻る前に、ひとつだけ聞いてもいい?」
きらきらとシャンデリアに反射して輝くクラッチバッグを抱えた宇田の横に並び、そっとたずねる。いつもより高いヒールのせいで身長差がわずかに縮まっている。
それでもだいぶ小柄な彼女は、「どうぞ?」と同じ速度で歩きながら笑った。ヒールを履いた途端に宇田は、歩く速度が速くなるので、靴に何か仕込んであるのかもしれない。
俺はあまり言葉選びが上手じゃないから、少し考えてみたけど、ありのままの疑問をぶつけた。
「オマエって、好きな男とか、いたことあるの」
すると、ぴたっと立ち止まって、宇田は俺の顔をまじまじと見た。言葉には出さないが、本気で何言ってるのこいつ、みたいに呆れているのが目で伝わる。
でも、けっこう重要なことだ。だって、結婚したら、もう恋愛なんてできないし。ていうか、絶対にそんなのさせないし。
俺は宇田から、いろんなものを奪ってきた。そしてまた、大事なものを奪おうとしている。
こんなにも悩んでいる幼馴染に、宇田はいつもの口調で絶対的な口にした。
「誰を好きになったとしても、結婚するならハニー一択じゃん?」