不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
これで良し。
車から離れたのはほんの数分だった。
それなのに――、
「……ジェシカ?」
ジェシカの姿がなかった。
「ジェシカ!どこにいる?」
キョロキョロと周囲を見回すも、どこにもいない。
トイレにでも行ったのかと思って携帯を鳴らした。
コール音が近くから聞こえた。
ハッとして音のする方に駆け寄ってみれば、ジェシカの携帯が地面に落ちていた。
血の気が一気に引く思いがした。
ジェシカの携帯を拾い上げ、震える指で電話をかける。
「もしもし峰かっ!?」
『若?何かあったのか?』
「ジェシカが攫われた!!」
確証はないが、ほぼ確信していた。
ジェシカは何者かに連れ去られた。
「全組員総動員してでも探してくれ!」
『わかった、すぐに手配する』
幼少期からずっと一緒にいる峰は気心知れた友人でもあり、頼れる右腕でもある。短い言葉でもすぐに察してくれる。
俺もすぐに車を走らせた。
迂闊だった。つい自分の立場を失念していた。
「……クソッ」
桜花組次期組長の妻が狙われないはずがない。
俺は自分自身を殴り飛ばしたかった。
でも今はそんなことしている場合ではない。
一刻も早くジェシカを見つけなくては。
頼む、どうか無事でいて欲しい。
もう二度と愛する人は失いたくないんだ――。