社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして
 部長は机へ腰掛け、長い脚を組む。廃棄寸前の備品を背景にしても絵となり、鏡みたく磨かれた爪先に私の困惑する様子が映り込む。

「社内恋愛は作業効率を下げるって教えてあげたのも忘れちゃった? 君といい町田といい、うちの男共と付き合いたいなんて。外には良い男が山程いるのに。あぁ、残念だよ」

 町田さんとは朝霧君の奥さんになる方で、業務上の関わりは無いが名前は把握する。私が営業部へ移動する際、町田さんが部長付きとして配属されたはずだ。

「まだ変わらないんですね、そのお考え」

「だって町田はともかく、君の社内恋愛は結果を伴うのかな?」

 笑顔で昇進が叶わなかった旨を差す。
 まぁ、部長の立場で人事ニュースが耳に入らないはずない。

「……」

 返す言葉がない。

 部長は広げたままのファイルをパラパラ捲る。朝霧君の件で煮詰まってしまい、作業を放置してあった。

「繰り返しますが、私はもう直属の部下じゃありません。プライベートにまで口を出さないで下さいませんか?」

 このまま内容をチェックされたら駄目出しされる。奪うよう取り上げて部長を机から引っ張り下ろす。

 と、ふわり懐かしい香りがした。

(部長、まだあの香水を使っているんだなーーって、そんな場合じゃない!)

 当時の記憶を刺激する甘い匂いに意識を奪われかけ、首を横に振る。
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