神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「び、び、び、びっくりしたぁ…」

今度学院長室の窓に、『令月とすぐり、立入禁止』の張り紙でも貼っておこうか。

無視して入ってきそうだけど。

鍵をかけてても平気で開けて入ってくるのに、貼り紙くらいで追い払えるとは思えない。

園芸部の畑に行ってるのかと思ったら、今日は学院長室に来たな。

珍しいこともあるもんだ。

「でも、丁度良かったよ。令月君。すぐり君も」

「何が丁度良いの?」

「はいっ。チョコドーナツあるんだよ。あげる!」

「…」

令月とすぐりは、しばし無言でチョコドーナツの山を見つめる。

そして、すぐりがポツリと呟いた。

「…ドーナツは、猫の餌にはならないなー」

…は?

何のことだ?猫の餌?

「飲み物は何にする?二人共。何でもあるよ。お茶でもミルクでもフルーツジュースでも…」

と、シルナが無駄に豊富な飲み物ラインナップを挙げると。

今度は、令月が反応した。

「…ミルク…牛乳のことだよね」

「え?うん、そうだけど」

「猫に人間用の牛乳は、本当は良くないんだって。学院長、学校で買う牛乳は今度から低脂肪牛乳って奴にしてくれる?」

「…??」

…さっきからこいつら、何の話してんだ?

猫…?さっきから猫って言ってる?

「そんな訳でさー、学院長せんせー。俺達今から、学院の外に出掛けてくるよ」

何が「そんな訳で」なのかは知らないが、唐突にすぐりがそう言った。

…何言ってんだこいつは。

「…出掛けて良い訳ないだろ?」

普段は無断で夜間の校舎に侵入するわ、それどころか無断で学院の外に脱走するわ。

門限というものをまともに守ったことのないこの二人が、まさか事前に申告して脱走しようとするとは。

それは非常に褒められた進歩だと思うけど。

しかし、事前に申告したからって、勝手に門限破って学院の外に出て良い訳じゃないからな。

「外出したいなら事前に申告して。それから外出出来るのは週末だけだからな。平日の放課後に出掛けるのは禁止だ」

「だって仕方ないじゃん。それまで猫を飢えさせる訳にはいかないんだもん」

は?

さっきからお前ら、猫、猫って…。

何かの比喩か?

「大丈夫だよ。ちゃんと誰にも見られないように、気配と姿を消して買いに行ってくるから」

何が大丈夫なのか知らないが、全然大丈夫そうではない。

「これまでずっと、レジを通さずに売り場にお金を置いて払ってきたんだけどさー。昨日の新聞に載ってたんだよね」

「新聞?」

「『近所のドラッグストアで、金の猫缶が盗まれてお金だけ置かれている不審な事件が多発してる』って。あーこれ俺のことだなーって思って」

何言ってんのか全然分かんないけど、絶対ろくでもないことやってるんだなーってところはよく分かる。

あれ?俺達、教師としてこいつらを止めるべきなのでは?

でも、具体的に何をしているのか全く分からないから、怒るに怒れない。

「そろそろマズいかなと思ったから、普通に変装して買いに行こっか、って『八千代』と話してたんだよ」

変装って、普通にするものだっけ?

ごめん。お前らが何言ってるのか、本当に全然分からないわ。
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