神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
そう言った瞬間、僕の視界はスクルトの血飛沫で真っ赤に染まった。

最後の最後まで、スクルトは笑っていた。

そう、笑っていたのだ。

何もかも受け入れて、それでも自分の人生は幸福だったと証明して見せた。

人生の最後に、あんな風に優しく微笑むことが出来るなんて。

スクルトは僕には不釣り合いなほど、素晴らしい人間だった。

そんな素晴らしい人間を、僕がこの手で殺してしまったのだ。
 
その罪を、過ちを、僕は受け入れられなかった。

だからこそ僕は、己の記憶を歪めた。
 
スクルトが最後に僕に伝えようとしたメッセージさえ、聞かなかったことにして蓋をして。

スクルトは自分を恨んでいると思い込み、罪悪感に溺れた振りをして、悲劇のヒロインを気取って。

結果、僕はあれほど尊敬していた、スクルトの高潔な魂を穢していた。

それこそ、スクルトに対する冒涜行為以外の何物でもない。

スクルトは僕を…許してくれていた。

その事実に気づき、僕はがくんとその場に膝をついた。

…こんなことって、あるか?

僕に命まで奪われたというのに…。何で…。

「…何で…。何でなんだ、スクルト…」

どうして僕を恨まなかった。怒っていたんじゃないのか?

僕達に幸福な未来が待ってる?

何故そんな気休めが言えるんだ。今にも僕に殺されようとしていたのに。

美しい未来なんて待ってない。スクルトは死に、僕は一人で居場所を求める苦しい旅に逆戻り。

それの何処が、幸福な未来だと言うんだ?

スクルトは一体、何を見てそんなことを…。

「…私にはスクルトさんのように未来は見えませんから、あくまでこれは憶測です」

シュニィ・ルシェリートはそう言って、膝をついて僕の前に座った。

そして、両腕を広げて僕を包み込んだ。

…最期の瞬間、スクルトが僕にそうしたように。 

「でもスクルトさんにとっては、それが『幸せな未来』だったんでしょう」

「…!」

幸せな未来。

僕に殺されることが、スクルトにとって幸せな…。

「例えあなたに殺されても…あなたの記憶の中で生き続けることが出来るのなら、それで良い。いつかあなたが自分の死を乗り越えて、帰る場所を見つけられるなら…」

「…」

「その為なら、自分の死など惜しくはない。…私だったら、きっとそう思うでしょうから」

…シュニィ・ルシェリートの声が、顔が。

一瞬、スクルトのそれとダブって見えた。

スクルトは笑っていた。

笑って、僕にそう言った。

「生きて欲しいんです。自分の死も、あなたの罪も受け入れて…ただ幸せに生きて欲しい。…あなたを愛しているから」




それが、スクルトが見た「幸福な未来」。

辛い辛い旅路の果てに、いつかきっと待っている未来。

その未来の為に、スクルトは自分が殺される運命を変えようとしなかった。

馬鹿みたいな話だ。

僕は己の罪悪感から逃れたいが為に、自分に都合の良いように考えているだけなのかもしれない。

スクルトが本当は何を考えていたのか、それは分からない。

分からないけど、分からないけど…。

…僕の記憶にあるスクルトは、そういうことを平気で言える人だった。

だから、きっと…そうなのだろう。
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