神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「リリス様が…君の中に…」

「言っておきますけど、消えた訳じゃありませんよ。精神世界…心の中で会うことが出来るんです」

心の中で?

リリス様が消えた訳ではないことは、僕にも分かった。

姿形は違っても、リリス様の匂いがするから。

むしろ…この肉体は、ナジュよりもリリス様の匂いの方が強いくらいだ。

それなのにどうして、この身体の主導権を握っているのはリリス様じゃないんだろう…?

「…どうやら、リリスに色々聞きたいことがあるようですね」

「…」

「分かりました。滅多にこういうことはしないんですが…。…ちょっと呼んできますね」

…呼んでくる?

って、誰を…と思ったが。

その答えは、すぐに分かった。

突如として、リリス様の気配…その匂いが濃くなったから。

「…久し振りだね。…マシュリ君」

「…リリス様…」

目の前に現れたのが、ナジュではなく、リリス様本人だとすぐに理解した。

身体の中で、ナジュとリリス様が「入れ替わった」のだ。

…本物だ。

ナジュがリリス様を演じているのではなく…本当に、リリス様が…。

姿形は違っても、目の前にいるのは確かにリリス様だった。

…あぁ、何ということだろう。

リリス様がこのような…人間の紛い物のような姿になるなんて。

冥界にいた頃には、考えられなかった。

それほどまでにリリス様は…。

「…お労しいお姿に」

「…そうかな?…君の目にはそう映るかもね」

ナジュの身体を使って、リリス様は話していた。

「だけど、私は満足してるよ…。ナジュ君と、好きな人と一緒にいる為には、こうするしかなかったんだ」

「…」

…本当に、それほどまでに。

リリス様は、孤独に耐えられなくて…。

「…君達を見捨てて、冥界を出てしまったこと…ずっと気がかりだった。…ごめんね」

「…いいえ」

その件で、リリス様を恨んだことは一度もない。

同種のケルベロスの中では、突然消えていなくなったリリス様に憤慨し、失望している者も多かった。

だが、僕はそうは思わなかった。

リリス様がいなくなったと聞いても、何処か納得している自分がいた。

孤独というものは、それほどに耐え難いものだから。

…だから…。

「…良かったです」

今こうして、リリス様の「お姿」を拝見して。

僕はホッとしていた。良かったと思っていた。

「…良かった…?何が?」

「あなたは冥界を出て、放浪の果てに…ご自分の居場所を見つけらたのですね」

ナジュという青年の傍にいる。一生、ずっと。

不死身の身体が朽ち果てるまで。

それまでずっと、この青年と共にある。

それがリリス様の出した答え。

その答えに納得して、満足して、幸せに暮らしているのであれば…。

例えどのような姿だとしても、幸福なことじゃないか。

僕はリリス様の臣下…眷属として、主君の幸福を願っているだけだ。

リリス様がご自分の居場所を見つけられて、本当に良かった。

心からそう思う。
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