神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「おぞましいとか利用価値とか、本人に言うなよ。…あと、マシュリは何処もおぞましくなんかない」 

何処からどう見ても、普通の猫であり…普通の人間だ。

強いて言うなら、あいつが他の人と違っているのは、『変化』の力が使えることと。

ちょっと…ちゅちゅ~るに目がないだけだ。

それ以外は、至って普通の人間にしか見えない。

何がおぞましいんだ?

シルナの分身、シルナトコジラミの方がよっぽどおぞましいだろ。

ついでに言うなら。

別におぞましくはないが、ルディシアの死体を操るネクロマンサーの能力…あれも相当、おどろおどろしいと思うぞ。

それと一緒だ。マシュリの『変化』能力だって…確かに初見は驚くけど。

種明かしをしてみれば、大して驚くに値しない。

何故あれでマシュリがバケモノ呼ばわりされるのか、俺にはさっぱり分からない。

皆、あまりにも心が狭過ぎるのでは?

人の多様性を認められない社会に、明るい未来はないぞ。

「あんたらはそう言うだろうけど、周囲の人間はそうは思わないってことだよ」

「…そりゃ、そいつらの心が狭いんだよ」

そんな心の狭い奴らの言うこと、いちいち真に受ける必要はないぞ。

「大体、マシュリは…」

と、俺が口を開いたそのとき。

開けっ放しにしていた窓から、ひゅんっ、と物陰が降り立った。

何かと思ったら。

銀色の毛並みをした猫…件のいろり、いや。

いろりの姿に『変化』した、マシュリであった。

噂をすれば。

空中でくるりと一回転したいろりは、マシュリの姿に戻った。

何度見ても…まさに魔法だな。

「マシュリ…お前、来たのか…」

昼間だから、いろりの姿で日向ぼっこでもしてるものだと。

すると。

「中庭にいたんだけど、どうも…死体臭い匂いがしたから」

…マジ?

「ネクロマンサーが来たんだろうと思って、戻ってきた」

「…そんな遠くまで、匂いで分かるものなのか…?」

学院長室と中庭。かなりの距離があるはずなのだが?

窓を開けっ放しだったとは言え…。壁を隔てているのに、そんなに匂いが届くものなのか。

猫以上、どころか犬以上では?

「ネクロマンサーは特に、死体の匂いが強いんだよ」

と、マシュリ。

そういや、ルディシアが死体を操っていたとき。

強い腐敗臭が、辺りに立ち込めていたっけ…。

今は死体を動かしていないから、俺には死体の匂いは感じられない。

しかし、ルディシアが常に纏っている…死の匂い、みたいなものを。

マシュリの敏感な嗅覚が、巧みに感じ取ったのだろう。

めちゃくちゃ鼻が良いんだな、マシュリって。

そんなマシュリにとって、死の匂いを纏わせるルディシアは、相当…『臭う』んだろうな。

気持ちは分かるよ。俺もシルナといるとき、おっさん特有のおっさん臭を感じることあるもん。

除菌スプレー吹きまくりたくなるよな。

「へぇ…。あんたがリカント…。アーリヤット皇王の犬か」

ルディシアは、「死体臭い」と言われたことで、気を悪くする様子もなく。

むしろ面白がったような、興味津々の目でマシュリを見ていた。
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