神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…3時間後。

船のエンジンが動き出す音を聞いて、僕は大きな木箱の中から、もぞもぞと起き出した。

そろそろ良いだろう。船も動き始めたようだし。

僕は木箱の蓋を開けて、積み荷置き場の床に降り立った。

僕だけじゃなくて、『八千歳』とマシュリも同じように、隠れていた木箱から出てきた。

積み荷の木箱に潜り込んで、一緒に船の中まで運んでもらった。

お陰で僕達は、出国審査も受けずに船の中に潜り込めたという訳だ。

密航の常套手段だね。

『アメノミコト』にいた頃も、よくこうやって、荷物の振りをして密入国したものだよ。

お陰で、僕も『八千歳』も慣れていたが。

「…うぇ…」

マシュリは顔をしかめて、鼻をつまんでいた。

「何?動き始めたばかりなのに、もう船酔い?」

「違うよ…。食べ物の匂いがきつくて…」

あぁ、そういうこと。

今回僕達が潜り込んだ木箱には、ルーデュニア国産の食糧品が、いっぱいに詰め込まれていた。

僕達が隠れていたのは、果実の詰まった箱だった。

無数のリンゴに紛れて、身を隠していたのだ。

僕は良い匂いだったけどな。

鼻の良いマシュリにとっては、食べ物の中に身を潜めるのは苦痛だったらしい。

それに…。

「何の匂い?これ…」

「どうやら…干し肉?とか、塩漬け肉の匂いだね」

積み荷置き場には、他にもたくさんの食糧が積み込まれていて。

その中でも、日持ちするよう保存された干し肉と塩漬け肉がたっぷり入った壺から、何とも言えない匂いが立ち昇っていた。

普通の人間である僕にとっても、結構鼻を突く匂いなのに。

マシュリにとっては拷問だろうね。

鼻が馬鹿になりそう。

「このままアーリヤット皇国まで、5日近くもこの部屋に閉じ込められるなんて…」

「仕方ないよ。ここから出たら、見つかるかもしれないし」

密航してる訳だから、僕達は常に姿を隠しておかなければならない。

従って、この積み荷置き場から離れられないのだ。

…アーリヤット皇国に着く頃には、僕達揃って、干し肉臭くなってそうだね。

「…気持ち悪…」

マシュリには悪いけど、他に方法がなかったのだから仕方ない。

我慢して、干し肉臭い身体でアーリヤット皇国に潜り込もう。
< 337 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop