神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…すると。

ナツキ様はシルナから目を逸らし、シルナの後ろにいる…俺達、ルーデュニア聖王国の代表団の方に視線を向けた。

品定めでもするかのような視線を。

「…なんだ。腰抜けの愚妹は、決闘に立ち会いもしないのか」

…それはフユリ様のことか?

生憎あの方は、お前のように決闘を上から目線で観戦する悪趣味はなくてな。

…というのは冗談で。

「彼女も決闘に立ち会いたがっていた。けど…私が無理を言って、我慢してもらったんだよ」

フユリ様も本当は、ルーデュニア聖王国の女王として、今日の決闘を自分の目で見届けたいと仰っていた。

しかし、開催国であるミナミノ共和国は、先のサミットの最中、難癖つけてフユリ様を国内に閉じ込めていた。

決闘の場に、ナツキ様が姿を見せるであろうことは分かっていた。

ナツキ様とフユリ様を対面させたら、ナツキ様が何をしようとするか分からない。

周りは敵だらけなのだ。もしフユリ様に何かあったとき、俺達だけで守りきれる保証はない。

決闘に負けても、フユリ様がご存命なら何とでもなる。

しかし、例え決闘に勝っても、フユリ様の身にもしものことがあったら、それは負けたも同然なのだ。

決闘の結果がどうあれ、ルーデュニア聖王国が国としての体裁を保つ為に、フユリ様には安全な場所にいてもらわなければ困る。

俺達がルーデュニア聖王国を留守にしている間に、ナツキ様が差し向けた刺客が、王都セレーナに侵入しないという保証が何処にある?

フユリ様の御身を守る為に、彼女には堪えてもらった。

そして念の為に、シュニィ以下、この場にいない聖魔騎士団魔導部隊の大隊長達に、フユリ様の身辺警護を頼んできた。

彼女の代わりに、俺達が決闘を見届ける。

それで充分だ。

「フユリ様が見届ける必要はない。私達が勝って、ルーデュニア聖王国に帰って勝利を報告する。それだけだよ」

「…」

ナツキ様は、興味なさそうにシルナを一瞥し。

…それから。

「…どの面を下げて、再び俺の前に姿を現したんだか」

「…」

今度は、マシュリとルディシアの二人を睨み付けた。

…それは見過ごせないな。

「…よく言うな。先に二人を刺客に仕立て上げて、ルーデュニア聖王国に差し向けたのはあんただろ」

自分に人徳がないせいで裏切られたからって、マシュリとルディシアを責めるのはお門違いだ。

恥を知れ。

「別に責めてはいない」

嘘つけ。めちゃくちゃ責めてたじゃん。今。

精神攻撃仕掛けてきてただろ。

「お前達ごときが寝返ったところで、俺の脅威にはならない。己の役目を果たすことも出来ない、無価値な役立たずごときが」

「…!」

「任務に失敗してのこのこ戻ってきたら、その場で処刑するところだった。良かったな、命拾いをして」

そう言ってせせら笑うナツキ様に、俺は一瞬で頭に血が上った。

この男、言わせておけば…!

…しかし。

「駄目だよ、羽久。相手しちゃ駄目」

シルナが俺の肩に手を置いて、冷静に俺を制した。

…今はそれどころじゃないんだから、堪えろって?

「ちっ…。…分かったよ」

…悔しいが、シルナの言う通りだ。

今挑発に乗ったら、ナツキ様の思う壺だ。

何より、俺より遥かに腹を立てているに違いないマシュリとルディシアが、我慢しているのだ。

俺が自分勝手にブチ切れる訳にはいかなかった。
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