神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
図書館で、俺はひたすら歴史の書物を読み漁っていた。
 
え、授業はどうしたのかって?

悪いけど、しばらく自習にさせてもらった。

授業なんかやってる場合じゃないから。今は。

その代わりにずっと、図書館に入り浸って。

そりゃもう血眼になって、ひたすら歴史の書物を読んだ。

それで分かったのだ。

この世界にも、イーニシュフェルトの里は存在している。

イーニシュフェルトの里と言えば、シルナの故郷である。

イーニシュフェルト魔導学院は、このイーニシュフェルトの里をあやかって名付けられた学院だ。

この世界においてイーニシュフェルトの里は、さながら伝説の秘境であった。

聖戦が起きていないのだから、今日に至るまで里が存続しているのも頷ける。

聖戦が起き、神殺しの魔法でシルナ以外の全員が死んでしまったから、里は滅びてしまったのであって。

それがなければ、里は今でも存続していた。

…そして多分、シルナはそこにいる。

今も、生まれ故郷のイーニシュフェルトの里に。
 
会いに行きたい、と思った。

でも同時に、それが不可能であることも分かっていた。

まず第一に、里の場所が分からない。

本に書いてあったイーニシュフェルトの里は、あくまで都市伝説のように語られていた。

世界の何処かにそんな場所があるらしい、くらいしか書いてなかった。

詳しい所在地なんて、とてもじゃないけど分からない。

無理もないだろう。

シルナが言っていた。イーニシュフェルトの里は元々、閉鎖的で保守的な土地柄。

外界と徹底的に交流を断ち、里で研究される魔導科学が外に漏れないよう、厳重に隠されている。

里の賢者達は、俺より遥かに優れた魔導師の集まりなのだ。

俺程度が探しても、多分何千年経っても見つけられないだろう。

…それに。

諸々のハードルを乗り越えて、イーニシュフェルトの里に辿り着いたとしても。

…間違いなく、そこにいる「シルナ・エインリー」は…俺の知るシルナとは別人だ。

イレース達がシルナを知らないように、シルナもまた、俺のことを知らないはずだ。

もし俺を知っているなら、会いに来てくれないはずがない。

俺を知らないシルナ。…俺の知らないシルナ。

例え里に忍び込めたとしても、そんなシルナに会って、自分が正気でいられるとは思えなかった。

…とてもじゃないけど、会いになんて行けない。

こうなったら、もうお手上げだった。
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