私の「運命の人」
「……すごくおいしいです!」

秀一は笑顔で言う。その一言で乃愛の中にあった緊張がふわりと消え、逆に嬉しさが込み上げ、目の前がぼやけてしまう。

『俺さ、甘いもの大っ嫌いなんだよね。将来結婚する相手の好きなものも把握できてないってどういうこと?そんなので俺の妻になれるの?』

婚約者からそう言われたことがあった。乃愛はは目元に軽く触れた後、誰にも話せなかったことを言った。

「私、パティシエになるのが夢なんです。先生みたいに私の作ったスイーツで笑顔にしたい!」

「素敵な夢ですね。応援しています。いつか、中野さんの作ったケーキを食べるのが楽しみです」

乃愛の周りにいる友達は、ほとんどが高校を卒業したら結婚をするという約束をしているため、将来の夢の話などをしたことがなかった。家族も女は早く嫁ぐべきだという考えで、婚約者にも言い出せていない。

「ありがとうございます」

乃愛は秀一に頭を下げてお礼を言った。ただ、この顔は見られたくなかった。乃愛の頰には今、感情が溢れ出してできた雫が伝っていたのだから。

「……片付けをして、早く帰ってくださいね。ご馳走様でした」
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