冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 今回の自分の訪問は賢い選択だったと蛍は口元をほころばせた。その柔らかな笑みに、向かいから歩いてきたカップルの男性がほうけたようになっている。隣の彼女がムッとした顔で蛍をにらむものだから、蛍は慌てて店に入るふりをしてふたりと距離を取った。

 そんな事情で近づいた店だったが、「いらっしゃい」と声をかけられるとすぐに踵を返すのも気まずい。蛍は軽く会釈をして、大きく開いていた扉から店内に入る。

 和装用の小物を扱う店のようだ。つげ櫛、椿油などのヘアケア商品や西陣織と思われる和装バッグなどが棚に並ぶ。

「こりゃあ、べっぴんさんだ。どこかの置屋の芸妓さんかい?」

 丸眼鏡をかけた気さくな男店主が蛍に声をかける。
 観光客向けの手頃な商品も多いが、奥の棚にはなかなか高価そうな商品も揃っている。そういう品を買い求めるのは、ここで商売をしている芸妓や舞妓たちなのだろう。

「いえ……」

 蛍の否定の言葉を聞かずに彼はお喋りを続ける。

「みんな化粧を落とすと別人みたいになっちゃうだろ。知らない子だと思って声をかけたら常連さんだったなんてこともあってねぇ」
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