冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
一章 祇園にて
一章 祇園にて

 京都市東山区に位置する花街、祇園。

 お引きずり、だらりの帯など普通とは異なる仕立ての着物をまとった舞妓たちが古めかしい街並みをしゃなりしゃなりと歩いている。あちこちに由緒ある神社仏閣が点在し、古都京都を体感できる場所のひとつだろう。

 この街に吹く風は、しっとりと重みがある。盆地で空気が滞留しやすいという現実的な理由ももちろんあるが、それだけではない気がすると蛍は昔から思っていた。

(東京とは空気が違う)

 何百年も前からそこにある木々や建造物に、この街で生きていた人々の思いが染みついて……そのぶん、ずっしりと重くなるのかもしれない。
 日々生まれ変わり続ける街、東京のよくも悪くも軽やかな空気とは正反対だ。

(平日だからさすがに空いてるわね)

 蛍は緩く波打つ長い髪をなびかせて、周囲を見渡した。外国人観光客、若いカップル、旅行者の姿はちらほら見えるがごった返すほどではない。数年前に訪れたときは、夏休み期間中だったのでとんでもない混雑具合だったのだ。すっかり有名になった話だが、京都の夏は暑く冬は寒い。できればこの季節には訪れないほうがいい。桜と紅葉のシーズンもダメだ。せっかく来ても旅行客の頭を見るだけで終わってしまう。

(桜には早い三月。そして平日。大正解だったかも)
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