スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
「貴博さん、メイクしたことありますか?」
「もちろんない」
「ですよね」
 男の人に化粧を施す緊張感に、少しばかり丁寧語が顔を出す。
「小劇場だし内容も現代日本の話だから、そんなにきっちりメイクする必要はないんです。特に男の人は下地塗って、ドーラン塗って、せいぜいちょっと眉を描いて整えるくらいでいいかな」
「……それ、深雪が俺にするのか?」
「本来は衣装係の奈央子の仕事になるんだけど」
 何せ逃げられてしまったから。それでも降りる前に衣装の目星は付けておいてくれたので、まあ何とかなっている。
「あと、毎回私がやってあげる余裕はないので、今日で覚えて明日のゲネプロからご自分でお願いします」
「わ、分かった」
 さすがの貴博さんもちょっとばかし緊張しているらしい。彼に顔を洗ってもらっている間に化粧道具を用意して、いざ、鏡を横目に向かい合って座る。
「慣れてない男の人ってすぐに分かんないとか言い出すんだけど、一般的な色彩感覚で大丈夫。塗ったところと塗ってないところは明確に色が違うし、ムラも目視で分かるレベルでいいんだから。ほら」
 説明しながら手の甲に、男性陣がよく使うドーランをいくつか乗せてみる。やっていることはファンデーションの色合わせと同じなのだが、メイクに馴染みのない彼は物珍しそうに私の手元を眺めていた。
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