狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


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 崇史は以前、さぎりが首まで広がる火傷を負ったとき、土下座をして謝ってくれた。治癒の異能を持つ龍美(たつみ)家に頼んで、その傷を治してもらうとまで申し出てくれた。

 けれども、さぎりがそれを断ったのである。

「当主になって、まだ二ヶ月ではありませんか、旦那様」
「……そうだ、当主だ。俺が頼めば、龍美家だって」
「若輩の当主に、一族の者はただの二人。衰退しかけの家にございます」
「萩恒家を愚弄するか」
「今、弱味を見せるわけにはまいりません」

 真っ直ぐに見据えるさぎりの蜂蜜色の瞳から、目を逸らしたのは、崇史だった。

 崇史もわかっているのだ。
 六大公爵家の中で、今最も危ういのは、この萩恒家だ。
 他の家が口を出してきた瞬間、この家は乗っ取られるだろう。
 そうならないのは、五家が互いに睨みを利かせているから。
 しかし、萩恒家から、龍美家に助けを求めるならば、話は変わってくる。

「龍美家は、正直、良い噂はお聞きしません」
「……だが」
「今、あの家を頼ることが、萩恒家にとって何を意味するのか、旦那様はご存知のはずです」
「さぎり」
「お気持ちだけいただきます。旦那様、有り難うございます」


 そうして、申し出を断ったあの日から、崇史は諦めず、何度もさぎりに問うてくる。
 逃げるつもりはないのかと。
 治癒を受けるつもりはないのかと。
 そして、さぎりは断る。
 これもいつものことである。


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