狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。
男は、震えるさぎりの手元に目をやると、汚いものを見るように、目をすがめた。
「お前、その時計を盗ったのか」
「ええ!? ち、違います。落ちていたから、その……」
「返せ」
乱暴に時計を取り上げられ、さぎりは驚きながらも、やはり彼が時計の持ち主だったのかと、その顔を見上げる。
美しい男だった。長い髪を後ろで一つに結んでいる。年の頃は、二十半ば程だろうか。
そんなふうに見上げるさぎりを、その灰色の瞳は、冷たく射抜いていた。
「女。お前、その痕を消してもらおうと、擦り寄っているのか」
「えっ」
「盗った上で恩を着せるつもりなのか、見張っていて落としたところを狙ったのか」
「……!? ち、違います! 私、そんなこと」
「卑しい女狐が。我らの力を、お前のような下賤の者に使うことはない。立ち去れ」
男は、ふんと見下した顔をした後、背を向けて立ち去ろうとした。
さぎりは呆然としていた。
火傷痕で、避けられることは覚悟していた。宿を取れなかったことも、受け入れた。
けれども、親切を素直に受け取って貰えないとは思わなかった。
そのことが、こんなにも、心を壊すものであるとも……。
ぽろりと涙がこぼれたところで、首元に巻き付いていた子狐から、禍々しい色の炎が立ち上がった――狐火だ。
目を見開くさぎりの前で、その炎は目の前の男の全身にまとわりついた後、そのまま男に吸い込まれてしまった。
「こ、子狐、ちゃん?」
「きゅん!!」
「一体何を……」
「なんだ。今度は動物と話をしているふりか? 気味の悪い」
男はそう吐き捨てると、今度こそ、その場を去っていった。
どうやら不思議なことに、今の狐火、男には見えていなかったらしい。
立ち去った男の後ろ姿を見ながら、さぎりはもう一度、子狐に話しかけた。
「子狐ちゃん。一体何をしたの?」
「……」
「酷いことをしたらだめよ? 恨みを買うのは貴方のために良くないわ」
子狐は、悪戯が見つかったときの希海のように、無言でふいと顔を逸らし、目をうろうろと彷徨わせ、さぎりの方を見ようとしない。
仕方がないので、子狐の頭をつんと指で小突くと、「きゅん……」と小さく、鳴き声が聞こえる。
そうして、後ろを振り向いたところで、視界に小さな老婦人が映ったものだから、さぎりは悲鳴を上げてしまった。