孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
 アルト様はベッドの縁に腰掛けて、私がりんごを飲み込むのをじっと見守っている。「おいしいですよ」と言うと眉間のシワが和らぐ。

「他には何を食べる? 料理はできないが――いや、焼き魚なら出来る」
「大丈夫ですよ。りんご食べたら元気になってきましたから。このあと、簡単にリゾットを作ります」
「お前がか? 身体は大丈夫なのか?」
「アイノ」
「……アイノが作るのか?」

 素直に言い直したアルト様は、私がキッチンに立つことを心配してくれている。でも本当に身体は軽く、熱があったとは思えないほどだ。

「本当に身体は全く問題ないんです。初めて魔力を分けたからちょっと身体がびっくりしただけかもしれません」
「それならいいが」

「アルト様、もしかしてずっとこの部屋にいてくれたんですか?」

 先程までアルト様が座っていたロッキングチェアは私の部屋の物ではないし、近くに数冊書物が置いてある。起こさないように私の足元のみ灯りをつけて……何時間ここにいてくれたのだろう。

「お前が……アイノが行くなと言っただろう」
「……?」
「水を取りに行くときに」

 ――もう行っちゃうんですか?
 そういえばそんなことを言った気がする。だけど、ずっといてくれるとは思わなかった。

「迷惑だったか?」
「そんなわけありません! 嬉しいです! ありがとうございます!」
「快復したならいい」
「明日は熱を出さないようにご飯モリモリ食べますね!」
「……アイノ」

 名前を呼ばれることにまだ慣れていないから、呼ばれるたびに気持ちと身体が跳ねてしまう。
「『夜』になると制御ができないかもしれないから今言っておく。今日はキスはしなくていい」

 アルト様は言い聞かせるようにゆっくりと言った。

「でも私嫌じゃないですし、大丈夫ですよ」
「いやキスはもらいすぎる。また明日倒れたら困る。だから『夜』がきたら俺の手を握ってくれ」

 アルト様は両手を差し出した。握れということだろうか? 私は両手を重ねてから軽く握った。

「うん、それでいい」

 結ばれた手をそっと解くとアルト様は立ち上がった。

「料理も無理をするな。ゆっくりと休め」

 そして今度こそ部屋を出ていく。彼が持ち込んだロッキングチェアや書物、それからランプも後をついていったから、部屋が急に広くなった気がする。
 でも山積みにされた食べ物たちを見ると、寂しくはなかった。
< 119 / 231 >

この作品をシェア

pagetop