孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
 見上げるとアルト様はうっすらと微笑んでいた。それはひどく悲しい笑みで、たまらなくなってさらに強く抱きしめた。
 私はアルト様が生きてくれててよかった。出会えたから、生きてくれていて嬉しい。
 そう思うけど、簡単に口にはできない二十年の重みがある。一人迷子になってしまった十歳の子供が、日が射さない暗闇の中で二十年耐えてきたのだから。

「アルト様、今夜から毎日一緒に眠りましょう。私毎日アルト様より先に起きます。夢から醒めた時に絶対おはようって言います。だからどんなに怖い夢を見ても大丈夫ですよ、朝一人ぼっちにしないです」

 だからこれからの提案しかできなかった。

「たまには俺もアイノの寝顔が見たい」

 アルト様の唇が私の頭に寄せられる。くすぐったいけれどしっかり抱きしめられていて動けない。どんな表情をしているかわからないけれど口調は軽くてホッとする。

「私、早起き得意ですよ。あ、でもアルト様も早起きですよね」
「早起きなんじゃない。眠らなかっただけだ」
「え?」
「……眠ると夢を見るのが怖いと言ったら、子供だと思うか?」

 おでこがコツンと当てられる。ようやく見えた表情はいつもよりずっと幼い。

「魔人って食事も必要ないけど、睡眠もとらなくていいんですね」
「そうだな。でもアイノの隣にいると眠くなるよ」
「それって……私といるとドキドキしないってことですか?」
「……ははっ」

 ――初めて声を出して笑うところを見た。アルト様は笑うと、眉と目尻がこんなに下がるんだ。目がなくなっちゃうくらいになるんだ。嬉しい発見に涙が出そうだ。
< 153 / 231 >

この作品をシェア

pagetop