まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 メイド服で初めて見舞いに訪れた時にこの看護師から『いい職を見つけたわね』と言われ、話を合わせるしかなかったのだ。

 王太子妃なのもクラム伯爵の娘であるのも、ここでは秘密にしている。

「今は休憩時間で、ええと、その……」

 嘘はやはり苦手である。

 ぎこちない受け答えになってしまったが、看護師はニコリとして頷くと階段を下りていった。きっと忙しく、立ち話をしていられないのだろう。

 ホッとして足を進め、四階の床を踏む。

 母の病室は奥まった場所にあり、その一角は特別室が並んでいる。

 一般の病室よりも看護体制が厚く、ソファやテーブルセット、チェストにライティングデスクもあって豪華なひとり部屋だ。

 最初に入ったのは大部屋だったのだが、特別室への移動はクラム伯爵からパトリシアへのご褒美である。

 娘が王太子妃となったことで政府の重役に昇進し、交易でも優位な取引ができるようになったらしい。

 その恩恵に比べたら、特別室の入院費は安いものだろう。

 ドアをノックして開けると、母がテーブルに向かって食事中だった。

「よく来てくれたわね」

 嬉しそうに微笑むその顔はまだ血色が悪い。

 痩せすぎで腕も足も骨ばって見え、よくなってきていても完治までの道のりは長そうだ。

「ごちそうさま」

 向かいの椅子に座ったパトリシアは、置かれたばかりのフォークを母の手に戻した。
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