まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
(また作ってと言ってもらえた。殿下のために料理をしてもいいの?)

 期待が膨らんで心から微笑んだら、近侍の小さな咳払いが聞こえた。

 目が合うと、『困ります』と言いたげに見られた。

(そうよね。決まりを破らせてはいけないわ。それに私と殿下が親しくなれば、ジルフォードさんはハラハラするわよね)

 契約結婚のようなものとはいえ、恋人が妻を娶ってショックだったろう。

 本で読んだ主人公の多難で悲しみの多い恋路を思い出し、ジルフォードに同情した。

(これ以上、悲しませたくない。私は恋敵じゃなく味方だとわかってもらいたい。どうすれば……そうだ!)

 なにかを思い出したかのように手を叩いたパトリシアが、目を泳がせて早口で言う。

「そうだったわ。大切な急ぎの用があったんです。ですから殿下はジルフォードさんと休憩なさってください。廊下に控えている侍女とメイドも下がらせますので、おふたりがなにをなさっても誰も気づきません。どうぞご心配なく。それでは私は失礼いたします」

 演技力が皆無なので嘘だとバレそうだが、ふたりきりにしてあげたいという気持ちは伝わるはずだ。

「は……?」

 アドルディオンは意表を突かれたように両眉を上げ、近侍は目を瞬かせている。

 彼らの表情に気づかないパトリシアは上手に気を利かせることができたと満足し、ドア前で会釈してからそそくさと退室した。





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