まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
亡き少女の面影
 新緑の季節。柔らかな日差しが白大理石の床に窓枠の形を映している。
 
 ここはパトリシアが夫――アドルディオンから住まいとして与えられた離宮だ。


 広大な王城内の北東に位置しており、王族の居室や政府機関が入っている大邸宅からは歩いて五分ほどの場所にある。

 二階建てで白煉瓦の外壁とドーム屋根が特徴的で、女性向きの印象を受けた。

 長く使われていなかったそうだが、王太子妃を迎えるにあたって内装を新しくし、清潔で住み心地はいい。

 離宮専用の使用人は三十人もいて、パトリシアにとっては身に余る贅沢だ。

 二階にある寝室で目覚めて朝の支度をすませたら、靴音を控えめに響かせて螺旋階段を下りる。

 手すりには小鳥と草花の彫刻が施されて可愛らしい。

 淡い緑色のデイドレスの裾をふわりと揺らし半円形の玄関ホールに出ると、十歳以上年上のメイド三人が掃除の手を止めて姿勢を正した。

「王太子妃殿下おはようございます」

「皆さん、おはようございます。いつもきれいにお掃除してくださいましてありがとうございます」

 結婚式を終えてここに住むようになったのは五日前である。

 初日は誰と話すのも緊張して挨拶さえぎこちなかったが、今は微笑みかける余裕はできた。もう少し時間はかかりそうだが、使用人たちと楽しく世間話ができるくらいまで打ち解けたい。

(その方が皆さんも働きやすいでしょうし、私も生活しやすいわ)

 会釈して玄関ホールから東へ伸びる廊下へと足を踏み出した。

 すると後ろにヒソヒソ声が聞こえる。

「普通に仕事をしているだけなのにお礼を言われたわ。いつも敬語で話されるし、王太子妃殿下は随分と謙虚なお方ね」

「私たちに頭まで下げたわよ。ご実家の伯爵家でもあんな感じだったのかしら?」

「生まれた家で使用人にペコペコするの? まさか」

(そのまさかだけど。私の対応はおかしい?)

 すぐに仲よくなったエイミは別として、クラム伯爵家でも年上の使用人に対して日常的に敬語を使っていた。

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