凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

 どこでもいい、という茉由里から希望を聞き出し、俺が決めた行き先はグレートバリアリーフで有名な、オーストラリアのケアンズだった。飛行機で祐希が泣くのではないかと茉由里があまりに心配するから、プライベートジェットをチャーターすることにした。株でちょっとした儲けがでていたからタイミングが良かったのだ。茉由里は俺をよく御曹司扱いするけれど、こうやって小金を稼ぐ一般家庭的な感覚も持ち合わせているアピールがしたかったというのもある。

「ちなみに飛行機、いくらかかったの」
「知り合いの会社だし、往復だからかなり割引してくれた」
「そうなの?」
「燃料こみで、四千万」

 ……しばらく茉由里が口をきいてくれなくなったから、次からは相談してからにしようと思う。

 しかし結果的には、祐希は飛行機で全くぐずらなかった。小児科と耳鼻科の同僚にさんざん耳抜きのレクチャーを受けていたから少し拍子抜けではあったけれど、まあふたり目三人目には必要になるかもしれないしな。

 七時間と少しのフライト後、さまざまな入国手続きを最速で終わらせることができるよう手配していたこともあり、スムーズに空港を出ることができた。手配しておいた車で、宿泊予定のホテルに向かうのだ。

「海外なんて、久しぶり。宏輝さんにニューヨークの動物園に連れて行ってもらって以来」

 俺が運転する車内、後部座席でそう言って笑う茉由里の服装は、南国を思わせる鮮やかなブルーのロングワンピースに薄手のカーディガン。南半球にあるオーストラリアは八月は真冬にあたる……とはいえ赤道に近いこともあり、今の時期の東京に比べれば過ごしやすい程度のものだ。ハワイのホノルルよりも赤道に近い、といえば暑さが伝わりやすいかもしれない。
 とはいえ朝晩は肌寒くなることもあり、寒がりな茉由里には羽織ものも用意してもらっていた。
 そんな彼女の左手薬指には、ふたつの指輪。永遠と無限の愛を誓うそれは、彼女の指できちんと輝いている。
 茉由里の横、チャイルドシートにきちんと座る祐希は水色のシャツに半ズボンのチノパン。俺は同じ系統のシャツにチノパンで、いわゆる親子コーデというやつだった。
 当日までこんな服装を用意されていたとは知らず、嬉しすぎて何枚も写真を撮ってしまっていた。
 茉由里からもきちんと父親として認められつつあるのかなと、ついつい上機嫌になってしまう。

「んー……」

 唐突に祐希がむずがり始める。

「どうしたの?」
「んー、まう、うてぃこてぃちゅあ!」

 祐希なりに一生懸命に喋る。なんと言っているかはわからないが、何が言いたいのかはわかる。バックミラーを確認すると、真剣な顔で、チャイルドシートのベルトを外そうとしているのが見えたからだ。小さい手で、外せるはずがないのに黒いシートをむんずと掴もうとしては失敗し、足をばたつかせ暴れて身体をよじろうとする。愛くるしい動きだ。

「ああもう、祐希。こら。乗ってなきゃだめなの、危ないの」
「んー、きゃうー、どっどぅあ」
「そうだねー、でもね、もしお車どーんしたら、痛い痛いだからね」

 茉由里はしばらく話続けるけれど、祐希の癇癪はまして行くばかりだ。
 そういえば日本ではほとんど車に乗らない。最初チャイルドシートに乗せてもおとなしかったのは、物珍しかったからだけらしい。
 子供らしい大きな声で「きゃー!」と喚き始める祐希に、チラッと俺の方を覗った茉由里が申し訳なさそうな顔をする。

「茉由里?」
「っ、あ、ごめんね運転してくれてるのに。もう祐希、ほら、泣き止んで」
「違う違う。茉由里、あのな。なんで君がそんな顔をするんだ」
「……え?」
「祐希は泣いてるけど、誰にも迷惑かかったりしてないだろ、今。そんなふうに申し訳なさそうな顔をする必要はない」
「でも、宏輝さん……」
「俺も祐希の親なんだから」

 茉由里が目を瞬く。それからふにゃりと眉を下げた。

「……ありがとう」
「ん」

 お礼なんていらないのになあ、と思いながらアクセルを踏む。
 ホテルはケアンズのマリーナの眼前にあった。車の窓から港湾を見て、ようやく祐希の機嫌が直る。
 ホテル前でスタッフにキーを預け、案内されて部屋へと向かう。気に入ってくれるといいのだけれど。
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