凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「寒いだろ? 風呂に行こうか」
ちょっとあきらめ気味に頷く。彼は「こう」と決めたら譲らないのだ。きっと今日はたっぷりと私を愛でるつもりなのだろう。そういえば最近忙しくて『茉由里不足だ』としきりに文句を言っていた。
「貸切風呂の景色がいいらしいんだ」
宏輝さんは上機嫌に言う。
誰もいない静かな廊下を彼に横抱きにされたまま進む。磨きこまれたガラスが嵌め殺しになっている両側の壁越しに秋の日本庭園が眺められた。秋風に揺れる濃い赤の紅葉、揺れるススキや女郎花に風情を覚える。
連れられてきた露天風呂は確かに絶景だった。思わず言葉を失ってしまうくらい……けれど私はそれとは別の意味で声を我慢していた。
「俺には聞かせてくれていいんだぞ? かわいい声」
さっきは「淫ら」って言ってた! とちょっと彼を睨むけれど、宏輝さんは低く喉で笑うだけだった。
私はお湯に背後から抱きしめられて浸かっている。もちろんお互いに裸だ。それもすごく恥ずかしい。思わず身を縮める私に彼は笑ってみせた。
「結婚して……というか、こんな関係になってどれくらい経つと思うんだ? まったく、いつまでも初心だな」
笑う宏輝さんを仰ぎ見て、唇を尖らせる。彼は楽しげに私のこめかみにキスをする。
そして私のお腹に回している腕を微かに動かした。彼が触れてきたのは淫らな箇所なんかじゃなくて、私の両肩だ。目を瞬く。
「凝ってるな」
「ああ……そうかも」
一歳の直樹はもちろん、まだまだ上のふたりも甘えたいさかりだ。だっこしたりおんぶしたり、出かければ荷物も多いし、育児はかなり肉体的にもハードワークだ。
「ありがとうな、いつも。かわいい子どもたちを健やかに育ててくれて」
「ううん、宏輝さんこそお仕事お疲れさま。大変なのにいつも気にかけてくれてありがとう」
そう答えると、彼は微かに笑って私の肩を揉み始めた。ついつい目を細めた。すごく気持ちいい。
「あー……そこそこ。すごいね宏輝さん、マッサージも上手なんだ」
「人の肩を揉むなんて初めてだ」
そう言って彼は穏やかに笑う。山の風は晩秋というよりは冬のもの。少しぬるめの温泉に、心地よいマッサージに、すぐそばにある宏輝さんの体温。ついうっとりして身体から力を抜く。遠くで山鳥が啼いた。静かで、この上なく心地よい時間だった。
「……ちゃんと父親できているかな、俺」
ふと彼が手を止めて呟く。
少し自信がないらしい彼に振り向き、見つめた。いつも自分のことより患者さんのこと、私のこと、子どもたちのことを優先して生きている彼。
かつて宏輝さんは自分のことを「強欲」と言ったことがある。そんなの本当だろうかと思う。だってこんなに無私の人を私は知らない。
「あなたは最高のパパだよ。同じく最高の夫で、お医者様だとも。でももっと自分を優先していいって思うときもある」
宏輝さんは目を見張り、それからゆっくりと目を細めた。
「ありがとう」
彼の唇が私の首筋に触れる。濡れた肌の上を滑りながら、彼の唇が言葉を紡ぐ。
「でも俺は本当に自分のやりたいようにやっているだけだ。ほら」
彼の舌が私の肌を舐めた。つい声が出そうになったのをこらえると、宏輝さんはかりっと肌を優しく食む。
「だから声を出していいと言っているのに」
「でも、そんな、外でこんな……」
彼の手は肩から鎖骨へと滑る。同時に耳を舐るように弄られて、私はお湯のなかみじろいだ。はあと息を吐く。
「本当に君はかわいいな。頭の先からつま先までかわいい」
くちゅっと耳元で音がする。彼の舌が耳の孔を舐める。耳殻を噛んでくる歯の感覚にすら慣れてしまっている。私の鎖骨を彼の節高い、男性らしい指が撫でる。私より太くがっしりしているその手指は、とても繊細に私の骨に触れている。鎖骨をつまみ、撫で、こりこりと動かした。
「ふ……ぅっ」
思わず漏れた淫らな声に、宏輝さんが肩を揺らす。耳元でささやかれるのは低くて心地よいテノールだ。
「マッサージしているだけだぞ?」
「うん、っ、嘘つき……」
私の指はお湯の中をさまよう。縋るところが見つからず泣きそうになる。
宏輝さんが笑って耳朶を噛み、デコルテをその手でマッサージしていく。けれど完璧に淫らな動きだった。変なところを触られているわけでもないのに、こんなふうにされると簡単に蕩け、身体の中をくちゅくちゅに発情させられてしまう。
ああ、いつから私はこんなふうに……信じられない。すっかり彼に作り変えられてしまったのだと、そう思いながら宏輝さんにされるがまま。彼の指先がやがて私を解し、私は余すところなく彼を受け入れ、彼で身体のなかを充溢させて蕩けていく。
「なあ、そういえば聞いたことなかったけれど……どうして俺のこと好きになってくれたんだ?」
私をタオルでくるみ、しんと冷えた廊下を歩きつつ宏輝さんは言う。私は首を傾げた。大きな窓の外で、風に深い緋色の紅葉が揺れている。
「結婚の約束をしてくれたとき……?」
「ああ、小さい頃の? 良かった、予約しておいて」
ふっと宏輝さんが笑う。その笑顔を見ていると、頭の中でなにかが閃く。
「あ、違う」
「何が?」
私を貴賓室のベッドに横たえながら宏輝さんが首を傾げた。私は目を細める。
「多分だけど……もっと前」
「どれくらい前?」
「もっと小さい頃……」
私にのしかかって顔を覗き込んできている宏輝さんの頬を撫でる。精悍な眉目が優しく綻ぶ。
そういえば以前、彼が話してくれた。幼い頃の話……泣いている彼を私は慰めたのだと。
その話で記憶が上書きされた?
違う、とはっきり思う。そう、だって『兄妹のままじゃ結婚できない』と言われて私は『それは嫌だ』と思ったのだもの。
その時点で、すでに私は彼を愛していた。
「宏輝さん、私が涙を拭ったら……『見つけた』と言ったの」
宏輝さんが目を見張る。お互いのまつげが触れ合いそうなほどの距離だ。
「……そうだ」
宏輝さんは微笑んだ。
「見つけた、と思った。俺の運命」
私は息を呑む。
おおげさ、と言ってしまいたいけどできない。なぜなら私も、幼すぎて言語化できなかったけれどはっきりと「この人だ」とわかったのだから。
彼の手が私の頬を包む。私も微笑んで彼の首に腕を回す。
びったりと肌が重なり合う。体温が蕩けていく。
窓の外で山鳥が高く鳴き、私は愛おしい体温に泣いてしまいながら思う。
見つけられてよかった、と。
どうか死ぬまで一緒にいてね、愛おしい運命の人。
そんなことを希いながら、重なる唇が心地よくて、そっと目を閉じたのだった。


