魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
『何にせよ、朝にはその飛竜も目覚めるだろう。そうしたら、帰ってくれ』

 そのリューカーンの言葉に三人は驚いた。

「ええっ、朝までですか……!?」

『うむ。我らの波動は、竜にはよく効きすぎるのでな』

 困ったな、と顔を見合わせるヒースとナターリエ。

「あれじゃないですか。まず、えっと、ヒース様がゲオルグさんを連れて出て……」
「何を言う。ナターリエ嬢をここで一人には出来ないだろう」
「大丈夫ですよ。それで、誰かをまた一緒に連れ来て、朝、その人にこの飛竜に乗って帰ってもらえば……」

 飛竜が目覚めた時に騎士がいないとなると、大丈夫だろうか、混乱をして暴れたり、ここから飛んでどこかにいってしまったりしないだろうか。いくらかの懸念が残る。

 それから、ああでもない、こうでもない、と話し合っている間、空の色が変わっていく。結果、ヒースがリューカーンに声をかけた。

「リューカーン」

『なんだ』

「ここで、一晩過ごさせてもらっても構わないだろうか」

『勝手にしろ。ここは、他の魔獣は入ってこない場所だ。妻も、産卵後にすぐ眠りについたので、4日は起きない』

 あ、眉唾だと思っていた話は本当だったんだ、とヒースとナターリエは目を見交わした。

「ゲオルグ、鞍だけ積み替えて、俺の飛竜で一人であがれるか」
「なんとかなると思いますが……どうなさるんですか」
「うん。折角だし、ここで一晩明かすのも良いかと思ってな。ナターリエ嬢には、大変申し訳ないのだが、野営の道具もあるので、我慢をしていただけないだろうか」

 そうヒースが言えば、ナターリエも賛同をした。

「そうですね。それが一番簡単な話ですね」
「しかし……」

 いくらなんでもナターリエ様も、という表情を見せるゲオルグ。

「まず、飛べる竜は一体だ。お前は早く怪我を治療してもらった方がいいし、その体ではナターリエ嬢を任せるわけにもいかん。2人乗りにはコツがいるしな。そして、もう夕方から夜になりかけている。魔道具で上に待機している4人に知らせるから、まずは戻って治療を受けてくれ」

 そう言うと、ヒースは懐から遠隔通話が出来る魔道具を取り出して、部下たちに話をした。その間、ナターリエは慣れない手つきでヒースの飛竜から鞍を外してゲオルグに渡す。それから、野営の道具も外してからゲオルグに飛竜を明け渡した。ゲオルグも自分の飛竜から鞍を外して、それをヒースの飛竜につけた。



 ヒースの飛竜に乗ったゲオルグは、痛む体をかばいながらもなんとか上昇をした。高度飛行のスキルが長い時間は使えないと聞いて少し不安がっていたが、どうにか谷を脱出したようだった。

「リューカーン、朝までここで世話になる」

『勝手にしろ』

「リューカーンは、魔力をお持ちで、更にとても頭が良いのですね。この、なんでしょうか。頭に語り掛けて来る言葉も通じているし、すごいことですね」

 ナターリエが興奮気味にそう聞けば、リューカーンはわずかに『ふふん』と自慢げな声音になる。

『言葉は知らぬ。勝手にお前たちの脳が訳しているだけだ。わたしは、わたしの一族の言葉を使っているのでな。わたしの念話をお前たちの脳に送れば、勝手にお前たちの脳が正しく言葉にしているだけだ』

「まあ、まあ、そうなのですか……」

 ナターリエは驚いて目を見開く。リューカーンは興味深そうにナターリエをじろじろと見て

『リントナー家の者よ。この女はお前の番か?』

 と尋ねる。

「「えっ」」

 同時に2人は声をあげ、それから「違う」と伝えた。

『ふむ。変わった女だ。なんといっても、わたしのことを恐れていない』

 それへは、ナターリエはふわりと笑みをこぼす。

「リューカーンがご自分でもう攻撃はしないと言ったじゃないですか。それなら、恐れることはないと思います」

『わたしが怖くないのか? お前たちの何倍も大きく、お前たちが乗る飛竜よりも大きく、お前たちが言うところの、魔力を持つわたしを』

「ええ、怖くありません。でも、それは、あなたを侮っているという意味ではありません。敬う気持ちはありますが、それでも、怖い、とは少し違うような気がします」

 そう言って、ナターリエはそっとリューカーンに近づいた。

「お、おい」
「あの、リューカーン」

『なんだ』

「さ、触っても……良い、でしょうか……?」

『触ったらどうなるのだ?』

「ええっと……そのう、触り心地が、わかります」

『? 触り心地がわかれば、どうなる?』

「わ、わたしが、喜びます」

『?』

 リューカーンは瞳をキョロっとヒースに向けた。ヒースは困惑の表情で

「ええと、どのような触り心地なのかを、ただ知りたいだけなのだと……」

 と伝える。意味が分からん、とリューカーンは呆れたように『1分だけならば』と答えた。
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