魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
10.谷の夜
 谷間には、月灯りがわずかに差し込む。その辺りにヒースとナターリエは毛布にくるまって座る。リューカーンはナターリエに触れさせた後、何も言わずにぬるりと元の場所に体を退いて、こちらに尻を向けて眠っているようだった。

「食事はどうしているんでしょうね」
「そうだな。その辺りも知りたいが……知ったところで、という感じかな」

 そう言ってヒースは苦笑いを見せた。非常食の乾パンをナターリエと分けて「こんな食事で申し訳ない」と彼は謝った。

その平地にはかすかに緑があったが、ほとんどは岩肌にほのかに細かな土砂がかかっている。土砂を避けて、横になれそうな場所を作って、2人はそこに座っている。

「まあ、まあ、そんな。お食事があるだけ、ありがたいですもの」

 その笑顔に、ヒースは救われた気持ちになった。

「つき合わせてしまって申し訳ない」
「いいえ。大丈夫ですわ」
「伯爵令嬢ともあろう女性に、こんな形で野営を強いるとは……」

 だが、ナターリエは首を横に振る。

「いいえ。おかげで、この目でリューカーンを見られたんですもの。こんなに嬉しいことはありません」
「そうか」
「わたし、ヒース様にリントナー領に連れてきていただけて……本当に、本当に嬉しいんです。たくさん魔獣を見られたし、それに、今まで……今まで、自分がいた場所とは違って……人の、噂のようなものも……ああ、いえ……」

 最後は、ごにょごにょと誤魔化すナターリエ。

「えっと、リューカーンについては、どうなさるおつもりですか?」
「出来ることならば、知らないことにしたいのだが……」

 そう言って、ヒースは眉根をひそめた。

「ずっと発見されなかったのだし、ここに入るのも高度飛行のスキルがある飛竜でなければ入って来られないしな。そもそも、上から見下ろしても岩が突き出ていて、一見何もない空間に見える。このまま……国王陛下にも、報告はしない方が良いのかなと思ってしまうな……」

 ナターリエは、もぐもぐと乾パンを食べ、水筒の水を飲みながら「それが良いと思います」と相槌を打った。

「国王陛下は、リューカーンを捕まえろとはおっしゃらないと思いますが、それでも話が伝われば、リューカーンの鱗を欲しがる商人などが群がるかもしれませんしね。高度飛行のスキルがある魔獣はほとんどいないですし、まあ大丈夫だとは思いますけれど……」
「リューカーンの鱗……?」
「はい。リューカーンの鱗で作る盾や鎧帷子は、きっと高く売れますよ。でも、そんなことはさせたくないですし、静かにここで過ごしてもらいたいですから……」

 そう言って、ナターリエは遠くで丸くなって眠っているように見えるリューカーンを見た。

「あなたは、魔獣の話になると、生き生きとするな」
「あっ、そうでしょうか。えっ、それは、それ以外は……」
「いや、あっ、そういうことではなくてな……いや……はは」

 それ以外は若干おっとりとしているので……とは言わずに、ヒースは困ったように笑った。それから、口を引き結んで、一拍置いてから切り出す。

「……第二王子が隣国に行かれる手前で、関所で止めたのは、俺の姉だった」
「……!」

 突然の言葉で、ナターリエは驚きの表情を見せる。そうか。隣国にとは聞いていたが、ヴィルロット王国の隣国は3つの国がある。そのうちのどれに行こうとしていたのかは、聞いていなかったと思った。
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