魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「考え直す気はないのか」

 魔獣鑑定士になりたい、と打ち明けると、ヴィルロット国王は苛立ちを隠さずにナターリエに言った。謁見の間で、玉座は高い位置にあり、そこに国王と王妃は並んで座っていた。珍しく人払いをしており、臣下も誰もその場にはいない。

 ナターリエはスキル鑑定のスキルが発現してからというもの、よく国王との謁見を行なっていた。正直な話、第二王子ディーンの婚約者、としてではなく、スキル鑑定士として、だ。謁見の後に時々「ディーンと会って行くと良い。今日は時間があいつもあるはずだ」と言われて、ナターリエは仕方なくディーンに会っていた。逆に言えば、それとは別に、婚約者としてディーンに会いに王城に行くことが、彼女はほとんどなかったのだ。そして、更に言えば、婚約者として招かれることもなかった。

「お前ほどの能力を持ちながら、魔獣鑑定士になりたいとは、まことに馬鹿げていると言わざるを得ない」
「そうでしょうか」
「そうだ」
「でも、魔獣鑑定士の方が人数が少ないですし、我が国には魔獣が多く生息しています。それに、今国内にいる魔獣鑑定士はほぼ皆様高齢ですから、ここでわたしがなっておいた方が良いのかなぁと思います」
「それでは、ディーンとの婚約はどうする気だ」
「わたしとしては婚約破棄をしていただきたい気持ちがあるのですが……」
「駄目だ!」

 だったらわたしに聞かなくたって、もう答えが出てるじゃないか……とナターリエは心の中で悪態をついたが、顔には出さない。が、国王は「はあ」とため息をついてから、いくらか自分を律したようだった。

「お前の言い分はわかった。スキル鑑定のスキルは大切だが、魔獣鑑定のスキルも確かにわが国には必要だしな……」
「では」
「だが、これだけは約束をしてくれ。今後、どうしても王命でお前にスキル鑑定を頼む時、その時は、魔獣鑑定のスキルを封じて、スキル鑑定の封印を解くと」
「それは……」

 嫌だ、と言おうとしたところ、国王の隣に座っている王妃が口を挟んだ。

「ハーバー伯爵令嬢。言葉は柔らかいですが、これは王命です」
「はい……」
「それが、ハーバー伯爵をも守ることになると、知りなさい」
「わかりました」

 それを言われれば心が痛む。そして、それを言わなければいけなかった王妃の立場を考えれば、申し訳ないと思わざるを得ない。

「出来ましたら、その、戦とかを、起こさないでいただけますと……」
「それぐらいわかっておる。我らとて、お前をみすみす前線に出そうとは思っておらん。何かあれば、お前の先輩であるダンドゥール男爵に矢面に立ってもらうつもりだしな」

 仕方がない、という顔で、国王は玉座の背に自分の背をつけてぐったりとした。ダンドゥール男爵もまた、スキル鑑定のスキルを持った稀有な人物だ。

「だが、我らは王族だ。そして、お前も二ヶ月後にはそうなるのだよ。ならば、こちらの我儘も聞き入れてもらわねばならぬのよ」
「はい。それは、こちらが間違っておりました。申し訳ございません」

 でも、嫌なものは嫌なのです……と言葉を続けそうになるのを、ナターリエは必死に押し留める。

「ところで、ディーンとは、うまくやっているのか」
「その……勉学に勤しむあまり、そんなにお会い出来ておらず……申し訳ございません」

 言い訳がましく言うナターリエ。

「それは良くない。お前たちは政略結婚ではあるが、少しでも互いを知ってもらいたいのだが……」
「はい。努力いたします」

 努力をする、と口にすれば「努力をしなければいけないのか」と思われてしまうだろう。だが、それしか言いようがないことは事実だ。その様子をどう思ったのかはわからないが、王妃が話を進めた。

「では、お茶会の場でも設けましょう。そろそろ婚礼の話もしなければいけませんしね。ディーンとわたくし、それからナターリエの3人で。それならどうですか」

 いくらか国王が不平を漏らしそうな表情を見せたが、王妃は有無を言わさない。ナターリエは「王妃様の御前なら、第二王子は自分に冷たくしないだろう」と思い、承諾をした。婚約破棄をするには、逆に王妃の前で自分に冷たくしてくれた方が良いのだが……とも思ったが。

「はい。かしこまりました」
「日を改めて、招待状を送りましょう」

 そう王妃は言った。だが、ナターリエのもとに次に舞い込んだのは招待状ではなく……。
< 38 / 82 >

この作品をシェア

pagetop